これが、まぎれもない僕の本音だった。僕は従業員に対して本音しか言わない。嘘はつかない。フーリオに適当なことを言って、会社に残らせることはできた。しかし、それはフーリオの悩みを解決することにはならない。それよりも、フーリオの人生を第一に考えることが大切だ。そうすることで、またフーリオは戻ってきてくれるかも知れない。そしてその時には、良い製品担当になってくれるはずなのだから。フーリオがものすごくホッとした顔をしていたのが印象的だった。

 次の日の朝、フーリオといつもと変わらずスターバックスでコーヒーを飲むと、なんだか懐かしいフーリオの顔を見たような気がした。スッキリしていて、希望に満ちあふれている。ここ数カ月のフーリオは、何となく戦々恐々としている気がした。新しい業務を次々と覚えなければならないが、それを教えてくれる人はほとんどいない。吉川君に質問をすれば、「まずは自分で考えてみようか」と返される。また、たったいま大学を卒業したばかりのフーリオに、新任の営業マンは容赦なく質問を投げかけ、頼りにしてきた。それは素晴らしいことでもありながら、一方で、過大なプレッシャー下に、フーリオという若者をさらし続けてしまったことに、僕は改めて気づいた。

 フーリオは最近、サンフランシスコにある損害保険関連のスタートアップで、製品担当者として働き始めた。たまにテキストメッセージでやり取りをしている。

 「フーリオ、そろそろお茶でもしようよ。僕は、寂しくて仕方がない!」

 「加藤さん、もちろんだ!」

フーリオとお別れの一杯。友情は続きます(そして彼はきっとフラクタに帰ってきます)

さあ、パンケーキ屋で話そう

 6月に入ると、僕は早速ヘッドハンター複数社に声をかけ、製品・エンジニアリング担当副社長の採用に関する準備を始めた。

 会社のオペレーション(業務遂行)には2つの大きな柱がある。「営業・マーケティング」と「製品・エンジニアリング」だ。ダグは営業・マーケティング担当の副社長、そしてこのポジションはその反対側、製品・エンジニアリング担当の副社長だ(ラースさんが担当しているイノベーションは、これとはまた別の、特別な立ち位置のものだ。半年から3年後くらいまでにフラクタが起こすべきイノベーションを定義するという仕事なのだ)。

 このポジションは、僕の直下で働いてもらう必要があり、僕に直接報告を上げてもらう。その意味で、このポジションだけは、自分ですべてのプロセスを行っていこうと心に決めていた。

 連日、職務経歴書がヘッドハンターから送られてくる。アメリカでこうしたポジションを探すためには、いま現職で働いている人を、他の会社から引っこ抜いてくるしかない。ヘッドハンター推薦の、フラクタに興味を持ってくれているという20人くらいの人たちの職務経歴書に目を通し、最終的には8人と直接面会することにした。

 このポジションは、レッドウッドシティのオフィスで、吉川君の隣りで働いてもらわなければならず、久しぶりのローカル採用(現地採用)だったので、電話やビデオ会議による面接ではなく、直接顔を見て話をしたほうが良いと思った。僕は会社近くのパンケーキ屋さんを面接会場に設定し、毎日毎日そのパンケーキ屋さんに通って、面接の前後でひたすらコーヒーを頼み続け、2時間、3時間と居座り続けた(本当に迷惑な客だ。しかし、そこはきちんとチップを多めに払うというところで、帳尻を合わせたつもりだ。これがアメリカ流だと勝手に思っているが、間違っているかも知れない)。

 驚いたことに、兎にも角にも、ここサンフランシスコ・ベイエリアに住む、ものすごく優秀と思える人たちが面接に集まった。会う人、会う人、この人と一緒に働いたら上手くいきそうだなと思う人たちばかりだ。フラクタがやっていることの社会的意義や、技術の確からしさ、経営やアドバイザーの布陣の強さもさることながら、資金調達を終えて、やっと僕たちもきちんとした給料を支払える会社になったので、そのあたりの安定感も影響しているのかも知れなかった。

 人選は本当に難しい。重要なポジションになればなるほど、それは難しい。候補者は皆、非常にユニークかつ素晴らしいバックグラウンドを持っており、履歴書を見て何かを決めることは、僕には不可能なように思えた。