「フーリオ、他に仕事を探しているのか?」

 ちょうど同じ時期、ずっと一緒に走ってきたフーリオが会社を退職した。会社の方向性がロボットから機械学習(人工知能)へと変わってからは、ソフトウェアのエンジニアとして働いてくれていたフーリオだったが、半年くらい前から、ずっとエンジニアリングではなく、製品担当になりたいと希望を口にするようになっていた。

 とはいえ、フーリオは製品の要件定義に関する経験は無い。ここはベンチャーだ。キャリアに関しては、会社の成長スピードに合わせ、個人が成長できる限りにおいては、できるだけ個人の希望を叶え、思い切り手を伸ばして頑張ってもらうというのが僕の方針ではあったが、会社の成長が早すぎる場合には、どうしても経験者で枠を埋めていく必要があった。

 フーリオが足早にオフィスを後にすることが1、2週間続いたある日、僕はフーリオに声をかけた。

 「フーリオ、休憩だ。ジュースでも飲みに行こう」

 オフィスの外に出てしばらく歩き、2人が座れる広場の椅子を見つけると、僕は単刀直入に切り込んだ。

 「フーリオ……あのさ、他に仕事を探しているのか? そんな気がするんだ。これまでずっと経営者として生きてきた。僕は勘が良いんだ。きっとそうだろう?」

 フーリオがビックリした顔をしてこちらを見ている。そう、図星なのだ。冗談抜きで僕の勘は正しい。

 「ああ……加藤さん、実は、ずっと言わなければと思っていたんだ。ただ、まだ完全に決まったわけじゃない。最終面接に進んでいる会社が一社ある。でもそこに行くかは、まだ決めていないんだよ……いつか相談したことがあったけど、フラクタで製品を担当させてもらうことは、やっぱり難しいかな? もし残れるのであれば、フラクタに残って、製品の要件定義をやるというのはありだと思うんだ。大学を出て最初は分からなかったけど、この半年くらいかな、ソフトウェア・エンジニアリングが、自分が一生かけてやりたい仕事じゃないかも知れないって思うようになったんだ。だから今、製品を担当させてくれるスタートアップへの転職を考えている」

 「フーリオ、そうだな、答えは……NOだ。でも、これは、悪いNOじゃない。つまり、僕はフラクタでフーリオの成長を担保できないと思っている。製品を担当しようにも、マティーは遠くサンディエゴにいるし、近くで仕事を教えてくれるかも知れない副社長については、採用が始まったばかりだ。誰が来るかも分からない。まだ来てくれるかどうかも分からない。その人が来たとして、フーリオを育てると宣言してくれなければ、話はまた振り出しに戻ってしまう。

 そうじゃなくて、もし僕が一人の人間としてフーリオの将来を考えるなら、行って来いよと言うしかないと思うってことだよ。行ってみてさ、製品の仕事を覚えて、帰っておいで。いつでも帰ってきて良い。フーリオにとって、フラクタはまだ一社目だ。その一社目がロボットの会社から人工知能の会社へ、石油産業から水道産業に事業をシフトした。その一つひとつにフーリオは食らいついて、ベンチャーの何たるかを見ることができた。会社が成長フェーズに入って、各々のスタッフにより具体的な役割と責任が求められるようになると、その分野で長い経験を持っている人でも無い限り、将来が不安になる。その気持ちが分かる気がするんだ。

 でもその製品の知識や経験を体系的に身につけるには、今急拡大しているフラクタは最適の場所とは言えない気がするんだ。もしくは最適の場所だったとして、それにどうやってフーリオが気づいて納得できるのか、多くの会社を経験してきた僕には、逆に分からなくなる。世の中に絶対性なんて無くてさ、やっぱりあらゆるものは相対的なんだ。だとすると、他の会社を見てみて、それで帰ってきたほうが、ずっとスッキリするんじゃないかと思うんだ。行ってこいよ」