「そうじゃない」ことを証明したい

 何度も書いたが、僕がやっていること、やろうとしていることは、やれコンプガチャのゲーム課金だ、仮想通貨売買の手数料収入だという種類のものではなくて(そりゃあ金は儲かるだろう。だが、これも定義の問題だと思う。そんなこと言ったら、銀行強盗だって、金は儲かるじゃないか。それが法律に違反しているかどうかという程度の話だと思っている)、テクノロジーを使って、ビジネスという活動、極めて競争的、闘争的な活動を通じて、結果として「社会益」を生み出すことができれば良いなと思って始めたのだ。

 人々の生活がより便利になる(洗濯機の開発と普及が、女性の時間確保と社会進出に果たした役割は大きい。「女性の社会進出」という言葉自体が僕は嫌いだ。だってその段階でいったん女性を貶めているような気がするからだ)、金持ちにしか使えなかった製品やサービスが貧乏人にも使えるようになる(あらゆるものの民主化はいつも素晴らしい。インターネットの普及で、学習のコストは大幅に下がった)、無駄なものや理屈に合わないもの、不必要に固着したものを引っ剥がす(既得権益や、大なるものへの反旗。まだ使える水道配管を交換するために水道料金を上げ続けるなんて、バカげている)、こういったことをやりたいと思った。

 「現代では、生活に必要なものは全て揃ってしまった」「イノベーションを起こすことは難しい」。こういう声をたくさん聞いたし、書籍もメディアもそんなことばっかり言っているが、そんなのは嘘っぱちだ。

 まだまだテクノロジーで変革できることは、本当にたくさんある。やりたいことがありすぎて、おかしな社会問題がありすぎて、解決が追いつかない。日本はまだまだ男尊女卑の国で、女性の就職や転職そのもの、また所得と役職は見えないガラスの壁に阻まれ、一方で、年齢ばかり上等で仕事をしない者たちが跋扈(ばっこ)している。やれハーバードだ東大だと、バッヂばっかりご立派な権威主義者が上から目線でのさばっている。

 だからこそ、自分の力で、経済の世界で、そうじゃないんだってことを、僕は証明したかった。そうじゃない会社(フラクタ)が、経済的に成功している、そういう状況を作らなければならない。ここに僕は、辛うじて金儲けの意味を見つけられた。「力なき正義は無力と同義語」なのだ。

 しかし、金儲け自体は、目的ではない。だから、一般論で言うところの過半数以上の株式をM&Aで売却すればEXIT(イグジット)して終わりという感覚が僕には無く、それが42.195kmですよ、マラソンは終わりですよと言われても、そもそもマラソン競技をやっているつもりが無かったので、全くピンと来なかったということだ。

 6月2日(土曜日)、こうして僕は目を覚ますと、猛烈に仕事をする情熱に溢れた自分を発見した。それ以降、その3日間がまるで嘘だったかのように、僕は集中力を取り戻してしまった。さあ、また戦場に出ようと、心の底から思った。