3年間の集中と3日間の放心と

 さて、こうして順風満帆のように見える日々の中、一つ大きな問題が発生していた。このプレスリリースが出た5月30日を境に、仕事に全く集中できなくなってしまったのだ。何しろ、こうして大きなスポンサーを獲得するまで、3年間という長きにわたり、僕は全身の神経を一点に集中させてきた。その反作用か、プレスリリースが出たとたん、何となく頭がボーッとして、急速に思考力が低下してしまったのだ。

 最初は自分がそういう状態であることに気が付かなかった。何しろ僕の良いところは、年がら年中ある種の集中力だけはあり、語学力が多少追いついていなくとも、ピンポイントに会話の要点をつかむことだけはできるので、アメリカ人と議論をしても、最終的にはきちんと話がまとまるということなのだが、面白いくらいにそれが上手くできなくなってしまったのだ。

 「疲れているのかな?」くらいに思っていたが、5月30日(水曜日)にマティーがレッドウッドシティのオフィスにやってきて、午前中に今後の製品開発の方向性についてディスカッションしていたときに、どうにもこうにも自分の発言の切れ味が悪いことに気づき、「あれ、何かおかしいぞ。完全に集中力が低下している」と思った。

 翌日の5月31日(木曜日)になってもこの症状は収まらず、ラースさんと話をしていても、ヒロと話をしていても、どこか心ここにあらずという感じで、どうにもこうにもこうした状況が薄気味悪く、「熱でもあるのかな?」と思うばかりだった。

 翌6月1日(金曜日)になり、こりゃダメだなと思った。いっこうに症状が治らないのだ。参ったなあと思った。こうしてボーッとしながら3日間を過ごしたが、そんな中、フラクタが行っている事業のこと、仲間たちのこと、今後のことを、また違う視点から改めて考え直した。

 ちょっと待てよ、これは全然ゴールじゃない。人は栗田工業によるフラクタの過半買収について、これを成功のように言うし、自分でもそんなもんかと思っていたけど、全然違うぞ。自分は、フラクタは、アメリカの市場を席巻しようと思ってここにいる。アメリカ人を、あっと言わせようと思ってここにいる。

 まずは、ダグと一緒に、今年、来年と売上目標を達成して、フラクタの下地を少しでも強くしたい。まだ世界で誰も見たことのない、素晴らしい素晴らしい製品を作って、アメリカの市場で売りさばくんだ。僕はフラクタという長距離走を走りはじめて、時計も見ないで、後ろも振り返らないで、ひたすら走ってきた。

 映画『フォレスト・ガンプ』で、ナイキのスニーカーを履いてひたすら走り続けるトム・ハンクスよろしく、とにかく前向きに走り続ける。走っている途中で、周りの人から「おめでとうございます!」「よくやりましたね!」などとたくさん声を掛けられると、何だ、もう走り終えたのかと思ってしまう。「ちょっと休んだらいかがですか?」「次は何をやるんですか?」と言う人もいた。

 しかし、何かが決定的に違う。3日間ボーッとしながら、それを考え続けていた。僕は、誰かが決めた42.195kmを走ろうと思って始めたんじゃない。もっと哲学的なもの、生きる意味のようなものを見つけようと思って、フラクタを始めた。ビジネスは金儲けが目的じゃないし、株を売ってキャピタルゲインを獲得することが目的じゃない。