5月19日、副社長のラースさんと人材採用について、大きく意見が食い違う。
僕たちは、最近カリフォルニア州サンノゼ(米国本社)とテキサス州ヒューストンで人材採用を始めたのだが、ヒューストンで技術営業(テクニカルマーケティング)として採用しようとしていた人が求める給与水準が、(少なくとも僕の感覚からすると)とても高かったのだ。
ラースさんが間に入って、彼との賃金交渉を引き受けてくれていた。多少給料が高くとも、事業のスピードを上げるために採用しようとラースさんは言うが、僕はどうしても納得できなかった。
「NOはNOだ!」
「ラースさん、ダメだ、こんな金額払えない」
「加藤さん、人材は需要と供給だ。ヒューストンでパイプ点検の仕事が生まれつつある。彼がいてくれればすぐさま仕事を任せられるだろうし、ここは先方の言い値をのむしかない」
「ダメなものはダメだ。サンノゼオフィスの日本人エンジニアが、一体いくらで働いてると思ってるんだ」
「加藤さん、アメリカと日本は、給与の考え方が違う。アメリカの給与水準が高いのにも、理由があるんだ」
「違うのは分かってる。ただ、どの角度から見ても、ヒューストンの彼にはそれだけ金を稼ぐ力がないと言っているんだ。交渉してダメなら、他を当たろう」
「スピードを上げるために採用して、使い物にならなかったら、クビにするというオプションがある。それがアメリカなんだ」
話は平行線をたどり、お互いだんだんヒートアップしてくる。
「NOはNOだ!」
「じゃあ、いくらならOKなんだ」
「だから何度も言っている通り、この条件なら飲めるがそれ以上は飲めないってことだ。無い袖は振れない。それだけだ」
「そんな金額じゃ、彼は来ない」
「交渉してみなきゃ、分からないじゃないか」
「分かった。それじゃあ、加藤さんが今後の交渉を引き受けてくれ」
「もういい。僕が交渉を代わるから。後で、こっちからヒューストンに電話をかけるよ」――
僕たちが日々行っている事業開発の活動は、順風満帆というには程遠い。長い時間をかけてアポを取ったお客さん候補に会えたとしても、「ロボットが御社の配管をですね…」と話を始めれば、実際には相手にされないこともしばしばだ。
人材採用も、思った通りには進まない。とはいえ、ベンチャーというのはこういうものなのだということを、少なくとも僕たちは知っていた。高い志と、絶え間ない情熱だけが、僕たちの毎日を支えている。
しかし、ラースさんと僕、お互いが、新しい技術を使った市場形成という、ある種非常に強い曖昧性の中で、日々焦燥感のようなものと戦っていることは事実であり、こうした焦燥感が、前向きな情熱と表裏になった高いエネルギーレベルを飲み込みながら、一触即発の事態をも作っていくのだ。

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