そう、僕の大好きなロボットを、アメリカのビジネスから切り離すことができるかどうかについての話だ。情緒的に考えれば、シナジーが見えなくとも、とにかくロボットを使い続けようという判断もあったかも知れない。しかし、社長業というものは時として、こうして厳しい決断を必要とするのも事実だった。
僕はそれを分かっていた。投資家と、何度も話し合った。そして僕たちが出した結論は、ロボット会社としての立ち位置からおよそ乖離してしまったと言わざるを得ない、機械学習による全米水道配管データの解析事業、つまり僕とラースさんが作った米国事業を売却するということだった。
しかし問題は、誰に売却するかだ。この事業を理解しない第三者がそれを買ったとしても、これを適切に運営していくことはできない。つまり、逆説的ではあるが、売却先として適切なのは、自らこの事業を創り出し、この事業の本質を心底理解している二人、つまり僕とラースさんということになる。
種明かしをしよう。冒頭のフラクタという買収会社、実は、僕とラースさんが、ここアメリカで設立した新会社だったのだ。

自分の未来を選び、買い、次に挑む
これをファイナンスの世界ではMBO(マネジメント・バイアウト)と呼ぶ。要は経営陣(今回の場合は僕とラースさん)が、事業の全部または一部を、本体から切り出して、さらに買い上げる組織再編行為のことなのだが、これがなかなか分かりづらい。
今回の場合は、アメリカでロボット事業を推進しているうちに、完全に別種のデータ解析事業が生まれてしまい、この2つの事業間に連関性が認められないことから、僕とラースさんがデータ解析事業だけを買い取ったということだ。ここで買い取ると簡単に書いてはみたものの、会社というのは一般に100円とか200円で買えるわけではないので、ここにも投資家というものが関係してくる。この投資家からお金を借り入れ、その力を足して相応の対価を払った上で、事業そのものを買い上げるのだ。
なぜそんなややこしいことをするのかというと、要はベンチャー企業というもの自体が「一点突破」を信条とする組織的行為なのであるから、二兎追う者は一兎も得ずの要領で、運営途中で2つの別事業が生まれてしまった場合には、事業展開のスピードや競争優位性の源泉の違いに注目しながら、各々のリスクに見合った、これまた別種の資金を調達した上で、分社することに理があるということが広く知られているということだ。
5月31日、資金の払い込み、各種書類の交換を経て、MBOの取引が成立した(これをファイナンスの世界ではクロージングと言う)。僕は同時に、日本のロボット会社の社長、また取締役など全てのポジションから退任した。
これからまた、ラースさんと一緒に、チームのみんなと一緒に、コンピューターの力を使って、アメリカ最大の社会問題の一つ、水道配管劣化の問題に立ち向かっていくことになる。アメリカは、これから35年で、水道配管の交換だけで100兆円も使わなければならないことが分かっている。想像を絶するほどの金額規模、本当に巨大な問題なのだ。
しかしアメリカ社会はまだ、どの水道配管を、どの順番で交換していくことが最も正しいお金の使い方なのか分からず、今日も途方に暮れている。しかし、吉川君が書いてくれたソフトウエアは、目を疑うほどの良い解析結果を出してきており、どうやら僕たちの新会社フラクタは、この問題を解くためのカギを握っているようなのだ。巨大なマーケットの中で、差別化できている製品がある。勝算があるゲームで、僕たちのような変わった人たちが、思い切って勝負をしたならば、それがヒト型ロボットのベンチャーに没入したときと同じように、ある日道が開けるだろうという確信があった。

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