出会いは3年以上前

 栗田工業との出会いは3年以上前にさかのぼる。ある企業セミナー後の懇親会で、栗田工業の新事業推進本部(現在のイノベーション推進本部)の部長(中山さん)、課長(小林さん)と立ち話をしたのがきっかけだ。

 その当時、自分が将来水関係のテクノロジーを扱うとは夢にも思っていなかった僕は、正直、水処理の大手企業と自分が将来ビジネスの接点を持つとは思っていなかった。

 ところが、どういうわけか、ロボットから機械学習(人工知能)へ、石油からガス、ガスから水道へとビジネスのピボット(事業の軸足をある所から別の所に移すこと)を繰り返すうち、栗田工業の小林さんとソーシャルネットワーク(実際には現在マイクロソフト傘下のLinkedIn)で繋がるようになり、ちょくちょく情報を交換するようになった。

 水関係の展示会があると、小林さんから良いタイミングでメッセージが入る。

 「加藤さん、もうご存じかと思いますが、今度サンフランシスコで水関係の展示会があります。フラクタさんがやられていることと近いトピックはこれとこれだと思います」

 水関係のテクノロジーに投資をする投資ファンド(ベンチャーキャピタル)を紹介してもらったこともあったし、また、フラクタの給与(報酬)設定で悩んだときも、水関連のテクノロジー企業の相場などを教えてもらったこともあった。

 毎度毎度、どうしてこの人は、全く事業上の接点がない僕たちに、こんなに良くしてくれるんだろうと思いながら、人的な交流を続けてきたのだ(その意味では、配管メーカー・クボタの北米営業担当である末永さんも、こういう交流を続けている一人だが、要はその人と「人間的に」繋がっているということなのだ。正直、こういう関係性がビジネスに発展した際に最も信用できると思っている)。自然な流れで、2017年末頃には、栗田工業から「出資を検討させてもらいたい」という話が舞い込むようになった。

 さて、僕がこのメールに何と返信したか想像できる読者の人はいるだろうか? こともあろうに、「せっかくですが、お断りさせていただきます」と返信をしてしまったのだ。

なぜ「お断り」したのか

 小林さんはめちゃくちゃ良い人だ。しかし、栗田工業は歴史ある優良企業でもあり、たとえそれがフラクタのような骨太のベンチャー企業であっても、大口出資や事業提携までは行わないのではないかという予想があった(それが結果として、今回、非常に良い意味で裏切られることになる)。

 あくまでイメージの問題なのだが、この数年、株高の影響で、日本の大企業は猫も杓子もCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタルの略:大企業が自社の名前を冠したベンチャー投資会社を設置・運営し、関連テクノロジーベンチャーなどに投資を行うこと)の設置に乗り出しており、この中途半端な活動に辟易としていた僕は(失礼だがこれは事実だ。昨日までサラリーマンをやっていた人が、今日からベンチャーキャピタルなどできるわけないのだから)、栗田工業も同じようなものかも知れないと、勝手に思っていたのだ。

 「行きはヨイヨイだけど、帰りは怖いさ」。最初に少額の出資(例えば数千万円~数億円程度)を行おうとも、その後に事業会社として買収(M&A)に乗り出すこともしなければ、またこうして最初の出資が少額であればこそ、真剣に腕まくりしてベンチャーを助けようともしない。巷(ちまた)にはこういうCVCが溢れており、僕の友人の会社も、結果としてこういうCVCに取り囲まれ、身動きが取れなくなってしまっていた。

 これはこの記事のはじめに触れた日本の構造的な問題に、大企業が表面的に対応しようとした結果、起こってしまった悲劇なのだ。

 僕は栗田工業の小林さんにメールを送った。

 「また話しましょう。私も過去の経験で、日本企業の慣習には苦労してきましたので、最初にお伝えしておいたほうが良いと思いました。栗田工業は圧倒的にこの事業をやるべきだという意見は変わりません。早ければ早いほど良いし、波に乗り遅れてはいけない。ただし、あまりに文化的、慣習的なハードルが高すぎて、おそらく(最終的にM&Aなど、社運をかけては)やらないだろうということがこの段階で分かっていると、そんな感じです。小林さんとは個人的に接点を持っていきたいと思っていますので、引き続きよろしくお願いします」

 今思えば、大変に失礼なメールなのだが、これまで何度もやり取りを繰り返してきた相手だからこそ、こういうことは、本音で話さなければならないと思ったのだ。

 栗田工業は、水分野では間違いなく日本最強、また産業用水という意味では、GEやスエズ、ヴェオリアといった世界の巨大なコングロマリット(複合企業)と肩を並べて戦えるただ一つのハイテク企業だ。フラクタは水道産業に、機械学習(人工知能)という新しい技術で果敢に切り込んだ。日本の会社と事業提携をして一緒に世界を獲りに行くという意味では、栗田工業が選択肢の上位にあがるのは当然だったと言えよう。

 この会社がやらなくて誰がやる? 確かにそう思った。しかしそう強く思えばこそ、だいたいにおいてベンチャーとは本格的な資本業務提携に進まない日本の大企業という性格に、僕は当時、失望と苛立ちを隠せずにいたのだ。