「その昔、確かにGoogleに会社は売却しましたが、このタイミングでフラクタを売却しようとは考えていませんよ。ただし、このタイミングでベンチャーキャピタルからお金を入れるのではなく、大きな事業会社と組むことは十分に考えられます。この事業は大きくなるはずですが、僕たちに足りない部分を、大企業に補完してもらえたらと思うことはありますから」
 「たとえばフラクタと私たちのような大企業が組む場合、文化的に何かハードルになるようなところはあるかしら?」
 「フラクタは面白い会社です。アメリカのシリコンバレーに本拠地を置きながら、本当に多様なメンバーが活き活きと仕事をしています。日本を含めたアジアだけではなく、ヨーロッパの文化、北米、南米やアフリカの文化も自然と会社の中に埋め込まれています。アメリカの極端に力強いカルチャーではなく、非常にバランスの取れた、小さいながらもある意味で本当にグローバルな会社なのかも知れません。文化的なやり辛さは無いと思いますよ」

 そう話しながら、僕は嬉しくなった。そうか、フラクタというのは確かにそういう会社だな。最初からそんな会社を作ろうと思っていたわけではなく、それは勝手にできあがったのだ。しかし、会社というものが、そのCEOの哲学や人生観を多分に反映するものであるならば、男女文化の差別無い僕という人間が作った会社は、自ずからそのようになっていくのだなという意味で、何だか嬉しくなったのだ。短い時間ながら、とても興味深い会話を交わした僕たちは、後日連絡を取り合おうと約束して別れた。

心地よい緊張感と興奮と

 そうこうしているうちに、会場でメインイベントである表彰式が始まるというアナウンスが聞こえた。フラクタのマーケティング責任者として、このイベントに大きな期待を寄せていたダグが、緊張した面持ちで正面の大型ディスプレイを眺めている。聞けば、発表の仕組みとしては、最終選考に残った12社の名前が次々と呼ばれていき、最後に呼ばれた会社が優勝ということのようだった(下から上に、順番に発表していくのだ)。

 「皆さん、お待たせいたしました。え~、それでは今年の最終選考に残った12社を発表します。最後に呼ばれた会社が優勝、最後から2番目に呼ばれた会社が準優勝ですので、お楽しみに。まずは……」

 Imagine H2Oの司会者が最初の会社の名前を読み上げる。何しろここはアメリカだ。それがグラミー賞にしろ、アカデミー賞にしろ、この手の話に関する演出は見事なもので、会場に心地よい緊張感と興奮が走る。1社目、2社目、僕たちの会社フラクタの名前は呼ばれない。3社目、4社目、まだ呼ばれない。5社目、6社目……呼ばれない。