「どうも、お久しぶりです。お元気ですか?」
 「ええ、もちろん。最終選考まで残っているそうね。フラクタの躍進には目を見張るものがあるわ。水道産業にいる他のテクノロジー企業と比べても、差が歴然だもの。いつも応援しています」
 「はい、事業は思ったよりも順調で、おまけにこうして最終選考にまで残って、ありがたい限りですよ」
 「フラクタが今やっていることは、水道産業にとって、とても重要なことだと思うわ。フラクタはとても正しいことをやっている。あなたたちの言う通り、きっとデジタル技術が水道産業を変えていくことになるのよ」

 彼女はいかにフラクタが素晴らしい技術を持ったベンチャー企業であるか、心の底から納得している様子だった。また、お酒の勢いもあるのか、以前よりもさらに前向きな発言の数々に、僕は最初少し驚いた。

 「ええ、間違いないですよ。水道産業におけるデジタル化の流れは、今後もっとずっと加速していくことになると思います。大きな会社もそろそろ動き出す必要があると思いますよ」
 「そう、変化のスピードが、私たち大企業の課題ね。イノベーション担当の役員としては、大きな組織をどうやってイノベーションに向けて動かしていくか、いつも悩んでいるところよ」
 「ええ、お気持ちはよく分かりますよ。大企業の方たちは皆、悩んでいるところは同じでしょうから」

「次の資金調達はいつかしら?」

 「ところで、一つ、フラクタのCEOであるあなたにずっと聞いてみたいと思っていたことがあるの。フラクタの役員、従業員は素晴らしい人たちばかり。どうやってこんなに突出して才能のある人たちを一つの会社の中に集めて働かせることができるのかしら? 少しでもいいから、その秘密を覗いてみたいわ」

 簡単な質問だと思い、僕は、間髪入れずにそれに答えた。

 「それは、働かせなければいけない人たちを雇わないことですよ。フラクタには、何のルールもありません。みんなこれを仕事だと思っていないと思います。世界最大の問題の一つを解くために、毎日会社に来ている。今は水道インフラの問題ですが、それが解けたら、ガス、光ファイバーケーブル、鉄道、どんどん新しい問題を解いていきます。楽しいからです。それがエンジニアであれ、マーケティング担当であれ、好きだから会社に来ていると思います。朝なんとなく9時頃に会社に来るのは、強制されてそうしているんじゃなくて、その頃に来れば多くのメンバーと会うことができて、便利だからだと思います」

 彼女からため息が漏れた。

 「なんて素晴らしい話なんでしょう。うちの社員にも聞かせてあげたいわ」

 グローバル企業として「デジタル・トランスフォーメーション(ビジネス全体のデジタル化)」という言葉を掲げてしばらく、なかなか動き出さない社内のイノベーション部隊を横目に、シリコンバレーのちっぽけな会社フラクタがこの短期間に成し遂げたことの大きさを見ることで、彼女の中に焦燥感のようなものが生まれたであろうことが見て取れた。

 「ちょっと話は変わるけれど、フラクタの次の資金調達はいつかしら? 我々の会社から資金を受け入れるということを検討してもらえないかと思っているの」
 「そうですね、次の資金調達に向けて、僕たちもそろそろ動き始めます。御社にも声をかけることは可能ですから、また話をしましょう」
 「ありがとう。おかしな話に聞こえるかも知れないけれど……たとえば、このタイミングで会社を売却することを考えることもできるのかしら? ほら、あなたは以前Googleに会社を売却しているでしょう。ちょっと興味があって聞いているだけなのよ、でも、たとえばの話……」