2月中旬になっても、営業責任者として加わったダグの勢いはとどまるところを知らない。強烈なリーダーシップで、矢継ぎ早にフラクタのソフトウェアに関する、製品ラインナップと価値の整理、価格帯の整理を行い、営業に関しては、全米50州をパートナー企業と一緒に広く薄くカバーする戦略(空中戦)と並列で、ダグ、デイビッド、ドン、ラースさんの4名で、1人5州ずつ、20州の地上戦(一件一件の水道会社を、ドアノックして回っていく営業方法)を展開する方針を固めた。
新しく仲間に加わった全米電話(とメール)営業担当のリックを迎えて、いよいよ本格的に始まるフラクタの営業活動に、僕は武者震いした。ダグが着任してすぐ、お客さんに向けて作ってくれたフラクタの3分紹介ビデオがあるので、この記事でも紹介しておきたい(何しろ、とっても良くできているのだ)。
我らがフラクタの紹介ビデオ。Youtubeの設定で「字幕あり」にして見ると、電車の中でも内容が分かります
込めた弾を、ぶっ放す時だ
そんな中、新しく仲間に加わった数名の仲間に対して、会社の歴史や価値観、水道産業のあらまし、フラクタの製品やサービス、その根源になっている人工知能(機械学習)のアルゴリズムに関するトレーニングを提供することを目的として、2月21日、22日と、「フラクタ・全米営業キックオフミーティング」を開催することを決めた。ダグはノリノリで、僕に宛てて、こんなことをやろう、あんなことをやろうと、毎日メールを送ってくる。ラースさんもそうだが、どこまでも明るいダグの性格が、僕はとても大好きだ。
この全米営業キックオフミーティングは、いつものオフィスではなく、レッドウッドシティのはずれで借りることができた貸し会議室で開催された。
何しろオフィスの会議室は5、6人以上、人が入らないのだ。フラクタに関係するほとんど全ての人が、新しく採用された営業マンたちに何らかの講義を提供すべく、貸し会議室に集まってきた。総勢17名。電話で面接をして何度か話したことはあれど、実際に顔を見て話すのは初めてのデイビッド、ドン、リックを迎え、提携関係にあるロブやジェフといった社外のメンバーも駆けつけてくれたのを見て、僕は嬉しくなった。フラクタ・ファミリーとでも言うべきたくさんのチームメンバーと顔を合わせると、僕はある種の感慨に浸った。
「ずいぶんと人が増えたな」
全米営業キックオフミーティング、熱烈進行中。気合が漲ります
これまでは、とにかく最小の人数で価値を形成することに注力してきた。展示会に出て製品の説明をすると、「御社の従業員規模は50名くらいですか?」と聞かれることが多くあり、そのたびに「8人でやっています」などと答えて相手を驚かせることが楽しかった。現在ではフルタイムのメンバーは12名だが、実際には50人規模くらいの会社がやることを、皆が手を伸ばして非常に効率的にやっている感覚だ。
昨年末までで、フラクタが提供する経済価値が正しいことは間違いないと実感することができた。技術的にも2~3年程度のアドバンテージがあるだろうことは間違いない。お客さん候補に話をすれば、ほぼ間違いなく興味を持ってもらえる。営業のサイクルが長い水道産業とはいえ、年度予算策定の時期を見定めて売りに行けば、パイロット契約を取って、複数年の本契約にきちんと繋いでいくことができる確かな見込みがあった。
このタイミングで人が増えたこと、とりわけ営業関連のメンバーが一気に増えたことは、偶然では無い。きちんと価値を整理して、一個一個、弾を込めてきた。あとはこれを一気にぶっ放せば良いという確かな実感が、こうして大胆にも思える営業政策に繋がっているのだ。
ダグの熱い一声と同時に始まった全米営業キックオフミーティングは、2日間の長きにわたり、一時も止まることなく、休みなく続いた。初日と2日目、夕方6時頃に講義が終わると、僕たちはレッドウッドシティの街に繰り出し、一緒に夕飯を食べ、お酒を飲んだ。アメリカに来てからというもの、飲みニケーションの慣習が無いせいか、出張先や仕事の帰りにラースさんとビールをちょっと飲む以外は、まともにアルコールを飲む機会は少ない。だからこそ、営業マンたちと一緒に馬鹿話をしながらビールやワインを飲むことが、僕は楽しくて仕方なかった。
飲み会も大盛況。左から、ドン、僕、ラースさん、ダグ、デイビッドです
全米営業キックオフミーティングを終えて、吉川君と手応えを分かち合いつつ
Ventiサイズで行こう!
そうこうしているうちに、3カ月に1回の取締役会の期日が2月27日に迫ってきていた。昨年11月に開催された取締役会から3カ月、僕たちの事業の進捗を投資家に説明しつつ、社外取締役を合わせ4名の取締役で今後の全社の戦略や力点ポイントについて議論し、整理する。日本のような出来レース型取締役会とは違い、3時間の枠組みで用意されたこのアメリカの取締役会では、事業の進捗に関して、社外取締役から容赦無い突っ込みが入る。特に百戦錬磨・シリコンバレーの雄であるデーブからは、極めて要点を突いた質問が飛んでくるため、しっかりと準備をしてこれに臨まなければならないのだ。
今回の取締役会におけるメイン・トピックは、営業体制の大幅な増強とその背景、ならびに大型の資金調達の開始についてだった。
よく晴れた2月27日の朝、思い思いに取締役会に参加する各メンバーがレッドウッドシティにあるフラクタオフィスにやってきた。圧巻だったのは、社外取締役のデーブだ。銀色にきらめく、今まで見たことのないような限定版のポルシェで爆音とともにオフィス前の駐車場に到着すると、トヨタ・プリウスで音もなく到着した僕と固い握手を交わした。
「やあ、デーブ。久しぶりだね。来てくれて嬉しいよ」
「やあ加藤さん。こっちこそ会えて嬉しいよ。先週は日本に営業に行ってきたんだ。初めて東北地方に行ったら、雪が降っていてさ、何とも美しい雪景色に驚いたよ。日本は良いところだな」
デーブとオフィスの入り口で談笑していると、ラースさん、ジェネラル・カウンセル(社内の法務部門責任者)のジョーダンも合流して、皆で近くのスターバックスまでコーヒーを飲みに行った。
混んで長い列ができたスターバックスで、デーブと一緒に話をしながら注文の順番を待つと、僕たちの順番になった。デーブが「カフェラテのVenti(ベンティー)サイズ」と注文すると、僕は何だか嬉しくなった。なるほど、シリコンバレーの雄は、スターバックスでもデカい飲み物を注文するのか(Ventiというのは、Tall[トール]、Grande[グランデ]のさらに上、スターバックスで一番大きい飲み物のサイズなのだ)。
僕もすかさず「普通のコーヒーの、Ventiサイズで」と注文してみた。人生初のVentiサイズはTallサイズの2倍くらいの大きさがあって、飲みきれるか心配だったが、こんなところでも僕はデーブから何か少しでも学ぼうとしていた。頭が良く、性格が良く、また根性もある。そんなデーブに僕はある種の憧れを抱いているのだ。
話に興じながらオフィスに歩いて戻ると、投資家が既に到着していた。さあ、取締役会のスタートだ。
デーブの男気を胸に
取締役会は非常に高いエネルギーレベルを持って始まった。まず僕から、全社の戦略が3カ月前の11月とこの2月でどう変わったのか、どういう背景のもと、CEOとして、何故そう変えたのかについて説明をしていった。デーブや投資家は、真剣な眼差しを注ぎながら、適切な質問を投げ掛けてくる。
僕は興奮していた。彼らの質問はどれも極めて正しく、質問を受ければ受けるほど、僕が行ってきた経営判断の正しさが証明されるような気がしていたのだ。一切の妥協と私心を排し、苦しい思いをしながらいくつかの決断をしてきた。そこに甘さがあったなら、一つひとつの質問には答えられなかったはずだ。だからこそ、その質問の一つひとつが僕には嬉しかった。
僕のプレゼンテーションに続いて、ラースさんがこの3カ月で製品がどのように変わったのか、それは何故変わったのかについて説明していく。続いて、取締役ではないが、ダグが会議室に入り、営業とマーケティングに関するアップデートを行ってくれた。非常に優れたプレゼンテーションだった。デーブからいくつか質問が投げ掛けられるが、ダグはそれに真正面から答えていく。フラクタの製品に関して、なぜこういう売り方をしなければならないのか、会議に参加した誰もが、腹の底から納得した。
やがて、ファイナンスのトピックに移ると、また僕が議論をリードした。僕からは、フラクタの成長をさらに加速するために、今年の夏を目処として、大型の資金調達を行いたいことを発表した。
「このように、フラクタの成長を考えると、今年中にもう1回、しかも大型の資金調達をする必要があります」
「アメリカのベンチャーキャピタルを回っていきたいと思いますが、一方で、日本の事業会社にも声を掛けたいと思っています」
この取締役会の中で、アメリカに本社を置く企業として、ただ一つだけ合理性が無かったことがあるとすれば、この部分だろう。
なぜ日本の事業会社から資金を調達しなければいけないのか? 本場アメリカのベンチャーキャピタルを回るだけで良いじゃないか?と。
しかし、デーブは僕の目をじっと見つめて、こう言った。
「加藤さん、分かった。日本の企業も興味を持ってくれるかも知れないよ。是非当たってみるのが良い」
僕はこの時、デーブの男気のようなものを、しみじみと感じた。
取締役会を終えて。左から社外取締役のデーブ、法務部門責任者のジョーダン、ラースさん、投資家と僕の更なる気合が写っておりますでしょうか
3日間だけ、日本へ
3月7日、8日、9日と、僕は3日間だけ日本に帰国した。いくつかの日本の大企業に対して、フラクタとの資本ならびに業務提携を直接呼びかけることが出張の目的だった。
フラクタの持つ(機械学習を使った)予測アルゴリズムは、やがて上水道配管のみならず、地中に埋まるガス配管や光ファイバーケーブル、さらには地表と接点がある鉄道の線路などの経年劣化を上手く分析できるようになるだろう。また、こうしたインフラ資産を保有する民間企業や地方自治体、さらには地方自治体から委託を受けてこれを管理しようとする民間企業などにとって、こうしたインフラ資産を機械学習(コンピューターによるパターン認識)によって極めて効率的に管理しつつ、同時に管理コスト(更新投資ならびにメンテナンスコスト)を劇的に削減できることは、今後インフラ領域で持続可能な競争優位を構築するために不可欠になるはずなのだ。
またこうしたインフラの予兆保全技術に国境はなく、日本の会社がこうした技術を手に入れれば、やがて日本はインフラ技術輸出国としての地位を確かなものにできるかも知れない。
「第4次産業革命」という言葉が世間を賑わして久しい。「AI(人工知能)」なる不可思議なものが、生活や産業のあらゆる局面に入り込んでくるというのだが、一方で「AI・IoTに積極果敢に取り組む」と中期経営計画の発表会で宣言した大企業からは、なかなか具体的なアプリケーションが出てきていないのが現状だ。
どの会社も口を揃えて「汎用的なAIプラットフォームを・・・」などと言うのだが、これはかつてExcelなどの表計算ソフトウェアが無かった頃のデスクトップコンピューターのようなもので、一見なんでもできそうな構えを持ってはいるものの、コンピューターに触るのはゲームをやるときくらいで、なんのかんの実際上は仕事の役には立たない「箱(はこ)」として、家庭に塩漬けになるリスクを抱えている。また他方では、機械学習を使ってやみくもに画像認識を繰り返し、「こんなん出ましたけど」とばかり、占い師的な解析結果を押し売りしようとする、経済的な価値が見えにくい軽めのベンチャー企業が世に溢れている。
つまり、これらを見つめていても、何が第4次産業革命なのか、果たしてそんなことが本当に起こるのか、全く見えてこないのだ。すなわち、それを作っている本人も、とりあえずプレスリリースを打ってはみるものの、それが第4次産業革命につながっていくという確かな実感を得られていない可能性があるということだ。
「とんでもないもの」を手に
そんな中、吉川君が、何度も何度も眠れぬ夜を過ごしながら書いてきたフラクタのソフトウェアには、こうした曖昧性を吹き飛ばす明確な技術的、経済的価値を見つけることができた。水道産業という設備集約型産業において、水道配管は最も大きな設備投資項目であり、この更新投資を40%も削減することができれば、水道産業のあり方そのもの、世界中の水道ビジネスのあり方そのものが変わってしまうだろう。
これまで水道事業でノウハウを溜め込んできたプレイヤーたちの顔ぶれすら、やがては変わってしまう。これまでこの産業で儲け(利潤)を取ってきた会社が、ある日とたんに儲からなくなってしまう。一方で、たとえそれが新参者であっても、この技術をいち早く手に入れた会社たちは、この産業で儲けを取ることができるようになってしまう。水道産業を含めたインフラ産業における競争優位性の源泉が、機械学習(人工知能)というテクノロジーの出現によって大きく変わってしまうのだ。
つまり、多くの人たちはまだこれに気づくことができていないが、これが第4次産業「革命」というものがもたらす本当の現実なのだと僕は思っている。僕やラースさん、吉川君やフラクタのメンバーたちは、ここシリコンバレーで、それをソフトウェアという形にし、社会への実装を始めてしまった。事業が進めば進むほど、自分たちは何か「とんでもないもの」を作ってしまったのではないかという感覚を持つようになった。
祈るような気持ちで
だからこそ、日本の大企業には、限られた時間の中で、フラクタの製品が持つ価値だけではなく、こうしてこれから起こってくる産業の変化についてもできるだけ話をするよう心がけた。何しろ、こうした企業が他に先んじてこの技術を取り込むことができれば、今後10年、20年単位での、日本の大企業の利益、もっと大きなことを言えば、日本の国益に適うことになると思ったからだ。
たった20数年前、僕たちが居を構えるアメリカはシリコンバレーで、第3次産業革命が始まった。それは1994年、「ネットスケープコミュニケーションズ」という小さなインターネット・ブラウザ(ウェブサイトを閲覧するソフトウェア)企業の誕生から始まり、後にIT革命と呼ばれるようになったものだが、この「IT」というものが何を意味するのかということに関して、具体的なアプリケーションではなく、輸入物の抽象概念から入ってしまった日本ほか世界の国々たちは、これに数年単位で出遅れた結果として、経済世界におけるアメリカの覇権固めを決定的なものにしてしまった。
このIT革命に乗り遅れた日本が、それとちょうど時を同じくして未曾有の不景気に見舞われ、結果として「失われた20年」を過ごすことになったのは、記憶に新しいところだ。
だからこそ、僕はことさらに真剣だった。日本企業たち、頼む、気づいてくれ。祈るような気持ちのミーティングが続いた。
そんな中、僕の目の前では、面白いことが起こっていた。ほんの数人ではあるのだが、会って話をした人たちの中には、この可能性に気づきかけている人たちがいることが見て取れたのだ。今月からは、本格的にアメリカの投資家を回らなければならない。しかし同時に、日本のサムライたちに期待をしてみたいと、心の底から思った。
フラクタ・ファミリー一同、日本企業の皆さんの“決意”に期待しています
前回も、色々な読者の方から応援のメッセージをいただいた。本当に嬉しい限りだ。読者の方々からの応援メッセージには、全てに目を通すようにしている。応援メッセージなどは、この記事のコメント欄に送ってもらえれば、とても嬉しい。公開・非公開の指定にかかわらず、目を通します。
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