2月20日の週は、精力的にソフトウェア製品のマーケティング責任者を採用するための面接をこなした。僕たちのチームはまだ7人しかいないので、「IQが高い」とか「経験が長い」ということだけで、人を採用することはできない。チームメンバーとの相性というか、チーム全体の雰囲気のようなものに、しっかりと合致する人を雇わなければ、そもそも業務フローだとか、マニュアルだとかがほぼ皆無であるベンチャーという世界にあって、仕事を最速で進めることはできないからだ。

性別不問、同志採用は「全員ランチ」で

 最近僕たちが行っている人材採用の方法は、こんな感じだ。まずは、僕たちが出した広告に対して興味があると連絡をくれた人たち、そしてヘッドハンターから紹介された人たちの職務経歴書に端から目を通していき、候補になりそうな人を見つけたら、ラースさんに電話面接をしてもらう。そこであがってきた候補の人たちには一人ずつオフィスに来てもらい、僕とラースさんの個別面接を行った上で、チーム全員でランチに出かけ、各チームメンバーと話をしてもらう。

 アメリカに来てしばらく、僕もだんだんと、こうしてきちんとしたプロセスを通じて人を採用するということの良さみたいなものを実感するようになった。なにしろアメリカでは、人材採用の際に、年齢も、性別も、また国籍も聞いてはいけないと法律で決まっているのだ。もちろん、履歴書に写真を付けることを要求することも禁止だ(年齢や性別、国籍が類推できてしまうからだ)。年齢は仕事ができるかできないかに関係ない、性別も関係ない、国籍も関係ない。当然のことなのだが、こうして国全体で差別に対する徹底的な抑止を行っているのは、僕から見れば素晴らしくフェアな話だ。

 正直な話、職務経歴書に書いてある名前を読んでも、男性だか女性だか分からないこともあって、男性だとばかり思い込んで面接の日にオフィスで待っていたところ、面接に女性が現れてびっくりした、なんてこともあった。

 日本という国に生まれ育ち、男女同権とか言いながら、実際は女性が冷遇されている現場を、僕は過去たくさん見たように思う。男女同権に関しても、日本では、当然のことのように「ホンネとタテマエ」のようなものがまかり通っている。そういうインチキに、ある種の「嫌気」と、それが変わらないことへの「あきらめ」のようなものを持っていた僕の中にも、この「男性だと思っていたら、女性が現れてびっくりした」という経験から、男性バイアスのようなものが結局透けて見えているのではないかと思ったら、どうにも嫌な気持ちになった。

 ところで、アメリカの差別や偏見に対する取り組みが、非常に上手く描けているアニメ作品として、ディズニーの『ズートピア』(2016年)はオススメだ。僕ももう2回見た。