悔しさと誇らしさを胸に

 「ラースさん、役割が変わった。今ではダグが全米セールスの責任者だ。会社の成長を考えると、この人事が正しいことを、僕たちは知っているはずだ。しかし、ラースさんがやってきたことの大きな部分を手放さなければならないこと、そこにある種の悲しみを感じているという気持ちも分かるよ。今日この日、いま僕はラースさんの目の前で、ダグという人間を評価すること、彼により大きな役割を任せるという決断をすることで、ラースさんに屈辱感にも似た気持ちを与えているかも知れない。

 ただ、逆説的に聞こえるかもしれないけれど、これが僕たちの友情を長続きさせることになると、僕は信じているんだ。そう思ってこの決断をした。多くのスタートアップ、ベンチャー企業は、設立3年以内に倒産する。僕たちのフラクタは、素晴らしい偶然に恵まれて、こうして機械学習を使って、信じられないくらい大きな市場に対して、可能性を掴みつつある。でも、今年この製品がたくさん売れない限り、僕たちは市場の中で生き残ることはできない。厳しい世界だ。次の資金調達に失敗すれば、会社は無くなり、僕らチームメンバーも散り散りだ。

 ダグは間違いなく、フラクタの製品を大量に売ることができる。彼は、僕たちの知らないことを知っている。フラクタの成長にはダグが必要で、彼に大きな裁量権を与えない限り、その力を最大限に発揮させることはできないんだ。

 忘れないでくれ。この会社の大半は、ラースさんが作った。僕は自分がどれだけ貢献したかなんて分からない。しかし、この会社を作ってきたのは、他でもないラースさんだと言えると思う。僕たちの仕事は、暗闇の中を勇気を持って歩み、何かを掴むことだ。それが起業家の仕事じゃないのか。

 多くの人たちが不安に打ち震え、暗闇の中では歩みを止めてしまう。でも僕たちは、ロボットから人工知能(機械学習)へ、石油からガス、そして水道へ、勇気を持って光を求め、見つけてきた。それがラースさん、起業家としてのあなたの仕事じゃないだろうか。

 オフィスのドアを入った後、通路の右手を見てもらえば分かる。4つも5つも殿堂入りしたEメールが額縁に入って飾られている。そのほとんど全てが、ラースさんが作り上げてきた仕事の数々だ。僕も毎日オフィスに通い、この通路を毎日眺めている。

 残念だと思ったこともあるよ。だってCEOだから。CEOは事業を作る仕事だ。でも、この殿堂入りした成果の数々には、僕の名前ではなく、ラースさんの名前が入っている。でも僕はこの通路を通るたび、また一方で誇らしくもあるんだ。それは僕たちが作った会社が、フラクタが、大きくなっていると感じるからだ。

 僕たち起業家が見つめなければいけないのは、自分たちのポジションではなく、会社の成長だと思う。その意味で、ラースさんの仕事の一部がダグに移ったということは、何の問題でもなく、むしろ喜ばしいことと捉えられる気がするんだ。

 ラースさん、一緒に会社を大きくしよう。営業の責任者としてのダグを全力で後押しし、会社をさらに前進させるんだ」

 1時間半ほど話をしただろうか。徐々にラースさんが物を見る角度が変わっていく気配があり、話が終わる頃には、ラースさんの目にはまた生気が戻っていた。小学生から中学生へ、中学生から高校生へ。成長には痛みが伴う。しかし、成長することが悪いことだろうか? その答えがNOであることを、僕たちは皆知っている。僕たちのラースさんが帰ってきた、そんな気がした。

オフィスの壁には「殿堂入りメール」=会社が動いた瞬間を彩ったメールが飾ってあります。どれもラースさんが作ってきた成果です