しかし、物事には必ず光と影が存在するものだ。水曜木曜とシアトルに出張していたラースさんが、1月26日の金曜にオフィスに顔を出すと、何だかとても元気が無いように見えた。その理由が僕には分かっていた。ダグという、ある種の「スタープレイヤー」が入社し、ラースさんの代わりに営業とマーケティングの責任者になったのだ。

「ラースさん、コーヒーでも飲まないか?」

 もちろんラースさんにはアメリカ西海岸で売上を立ててもらう一方で、フラクタを成長させるためにCOOとしてやってもらわなければならないこと(新たに投資家も募らなければならないし、製品の新しい機能を検討したり、アフターセールスの企画もやらなきゃいけない)が山ほどあるが、ラースさんが作ってきたコンタクトをダグに引き継がなければならなかったり、急激に変化が進んだりすることに対して、ある種の寂しさ、喪失感が生まれ、気持ちが後ろ向きになっていることを、僕は感じ取っていた。ダグが入社するよりもっと前、昨年、営業担当役員を雇うと宣言した頃から、ラースさんの表情にたまに見える寂しさのようなものに、僕は気づいていたのだ。

 「ラースさん、コーヒーでも飲まないか? ハリケーンのようなダグが入社して最初の週だ。僕たちも、コーヒーでも飲んで少し落ち着かなきゃいけない」
 「ああ、分かったよ。加藤さん、良いアイデアだ」

 僕たちはいつものスターバックスの前まで来ると、広場の前にある椅子に腰を下ろした。ラースさんが口を開く。

 「出張先のシアトルは、雨が降ったり曇ったりで、とにかく天気が悪くてね。あそこは、夏以外の季節はいつもそうなんだ。気が滅入ったよ」
 「ああ、元気が無さそうだから、少し心配したよ」

 その後、ラースさんはゆっくりと話し始めたが、ダグの話題に差し掛かると、時折苦しそうな顔をしながら、胸の内を少しずつ話し始めてくれた。これまで自分は一生懸命営業をリードしてきたこと、東海岸のいくつかの水道会社のアカウントも、自分が作ろうと思って努力してきたこと、ダグがSaaS型のソフトウェア販売に非常に明るく、かつ水道やガスといった公共事業体への販売経験が非常に豊富なことは分かっていること、その意味で彼が新しく営業やマーケティングのリードを取ることは、会社にとっては望ましいとは思っていること、とはいえ、急激な変化で、なんだか自分の役割が少なくなっていっているような寂しさを感じていること。

 ラースさんの気持ちは痛いほど分かった。彼は、フラクタのために、またCEOである僕のために、全力で事業を進めてきた。全力で営業を進めてきた。少しずつ営業は前に進んだが、このタイミングで会社を一気に成長させるということがCEOの役目だとは言え、加藤さんは、なぜ自分ではない誰かを営業の責任者に据えるのか。こうした状況を目の当たりにして、自分のプライドをどう維持すれば良いというのか。どうやってそれを自分自身の中で消化すれば良いのか。そこには、他でもない「屈辱感」のようなものが見て取れたように思う。

 一方で、僕はCEOとして、この人事を強力に進めなければならないことを、痛いほど理解していた。僕はラースさんの目の前に座り、彼の気持ちをしっかりと受け止めて、きちんと話をしなければならないと思った。