ダグの着任は1月22日の月曜日だった。だが、僕はそれまでに明確にしておかなければならないことがあるのを知っていた。ダグとラースさんの役割分担についてだ。
これまでは、COOのラースさんが営業を統括してフラクタを引っ張ってきた。そもそも、全米で100万マイルほどあるとされる上水道配管の更新については、これまでどこの道路を掘って、どのパイプを交換すれば良いのか、アメリカの水道会社は全くと言っていいほど、よく分かっていなかった。水道料金という、生活に不可欠な水道インフラの利用料、すなわちおよそ税金と変わらないような種類のお金に関して、その多くが信じられないほど無駄に使われ、しかしそれに対して適切な解決策が見つけだせぬまま、どんどんとインフラが朽ちていき、さらに多くのお金を使ってひたすらパイプを交換しなければならないという状況に、アメリカ社会は陥っている。
電光石火の営業チーム整備
この問題に対して、コンピューター(機械学習)の力を使い、世の中で誰も見たことも聞いたこともないような製品、つまりどのパイプ群を真っ先に交換すべきかを予測して伝えるソフトウェアを僕たちは作ってきた。2050年までに100兆円以上のお金を使わなければいけないと推定される現状に対して、僕たちはコンピューターの力を使えば、無駄なお金を40兆円分(!)削減できると訴えてきた。
吉川君とチームメンバーが日夜ソフトウェアのプログラムを書き、僕たちは本当にそれをやってのけたのだ。そしてそこには、この製品の初期パートナーを見つけ、事業提携候補先を見つけるなど大活躍をしてきたラースさんがいた。全く光が見えない暗闇の中を延々と歩き、手探りで僕たちは「何か」を見つけ出してきたのだ。
しかし、その何かを最速でお客さんに売るためには、ダグのような、水道やガスといった公共インフラ産業に熟達した戦士の力が必要であり、さらにこうした状況下では、ラースさんとダグの方針がぶつかることを避けるため、どちらかが適切にリーダーシップを取れる状況をしっかりと作っておく必要があると思ったのだ。
ダグと接点が増えるにつれ、ダグが東海岸、つまりアメリカの東半分を担当するだけではなく、全米の営業をリードできる人材であることは、僕やラースさんにとっても明らかだった。
僕は1月20日に、ラースさんとダグ、二人別々にメールを送った。それは、ダグを営業ならびにマーケティング担当副社長とし、「東海岸」のみならず、「全米」の営業とマーケティングに関する指揮を取ってもらうことにすることを告げるメールだった。
翌週、ダグが着任すると早々に、僕やラースさんを含め、過去の経緯を踏まえながらも、今後の営業・マーケティングについて矢継ぎ早に方針を固めていく。圧倒的な熱量と知識量、現場感に溢れたリーダーシップ、僕たちがこれ以上ない最上級のプレイヤーを獲得したことは間違いなかった。
1月23日の火曜日の朝、いつもの通り朝8:30にオフィスに出社すると、ダグが長袖のシャツを腕まくりして会議室のホワイトボードに今後のマーケティングプランを書き連ねている。
「やあ、加藤さん。今日は朝4時に起きて、5時半までジムで汗を流してから、6時からオフィスにいるんだ。僕は朝型だし、何より僕が住んでいる東海岸のニュージャージー州とカリフォルニア州では3時間の時差があるから、早朝から頭が冴えてね。ずっとこの部屋にこもって、今後のプランをもう2時間以上考えてる」
ダグと固い握手で一日を始めると、その瞬間にフラクタの未来が拓ける。そんな気さえする彼のバイタリティーに、さすがの僕も頭がクラクラするほどだった。朝にダグを交えてスターバックスでチームの皆がコーヒーを飲めば、彼の発する熱量の大きさに皆驚いてしまう。数年前から会社にいたのではないかと錯覚するほど、たった数日だけでフラクタのことをよく把握しているダグに皆びっくりしながら、一方でその熱量に感化され、一人ひとりの従業員の頬が火照って見えるようだった。
火曜の夜にはチーム全員でダグのウェルカム・ディナーに出かけ、ダグのフラクタ入社を皆で祝った。こうして始まったダグのフラクタ勤務第一週は、フラクタの歴史に残るほどの熱量を感じた週だったが、1月の終わり、ダグのフラクタ勤務第2週に入っても、ダグの勢いは、止まるどころか、益々増していた。
ダグはこの製品をテリトリー毎に直販するための営業マンの配備が必要と判断し、昔一緒に働いていた仲間を中心に声をかけ、ダグが隙間時間に電話で営業マン候補と面接をし、ダグから推薦を受けた人物について、僕とラースさんがさらに電話で面接をしていった。2月1日の段階では、イリノイ州周辺5州を担当するためにデイビッドを、またテキサス州周辺5州の担当としてドンを仲間に加え、ラースさんを含めると、あっという間に4人の営業チームができあがった。

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