1月中旬になると、これまでビデオ会議で面接を行ってきた東海岸の営業担当役員候補10人の中から、僕は最終候補の3人をピックアップした。この3人にカリフォルニア州レッドウッドシティのオフィスまで来てもらい、実際に顔を見ながら最終面接を行いたかったのだ。三者三様、どの候補者も素晴らしいバックグラウンドを持った強者ばかりで、とにかく直接会って話をするのを、僕は楽しみにしていた。

 午後3時にオフィスまで来てもらい、そこから2~3時間、僕も含めて一人ひとりのフラクタ・チームメンバーと話をしてもらい、チームとの相性を見る。その後、夕方6時から、僕とラースさんと一緒にディナーをとってもらい、さらに突っ込んだ話をしていくという共通の流れで進めていった。

 1月11日、12日、16日にこうして最終面接を3人分行ったが、面白いことに、僕の中では既に12日の夕方には100%の結果が出てしまった。12日に面接をしたのは、「ダグ」という名前の猛烈に優秀なセールスマンだったのだが、昨年12月にビデオ電話で話をしたときにも、このダグは強烈な印象を僕に残しており、明らかに突出した評価となっていた。

 彼はSaaS(Software as a Service [頭文字を取って、サースと読む]:ソフトウェアをユーザー側に導入するのではなく、プロバイダ側で稼働し、ソフトウェアの機能をユーザーがネットワーク経由で活用するサービスの形態を指す言葉)のビジネスモデルを知り尽くしており、また水道やガス産業という、公共的事業体にどうやってソフトウェア等の製品やサービスを売るのかということに対して、豊かな経験があった。

 フラクタは昨年の6月に最初の製品を発表してから、僕とラースさんで苦労しながらも営業を行ってきたが、ダグとたった1時間話をすると、僕たちが半年間かけて行ってきた営業活動は一体何だったのだろうかと恥ずかしくなるほど、営業について学ぶことができた。ダグは大変強靭な意志を持っており、話しぶりはシンプルかつ明快で、彼が話すと、営業に関して自分たちがやるべきことがスッキリと頭の中に入ってくるのだ。

「ダグ、君が必要だ」

 最終面接、またその後のディナーでも、ダグが話す内容は圧倒的なものだった。僕たちフラクタがこれから一体何をすれば良いのか、彼は知っている。どうやってブランドの認知を市場で形成し、十分な数の営業候補先をラインナップし、そこにどう効率的にアタックするか、そしてこうした営業先とどのように良い関係を継続させていくか、ダグはその答えを持っていた。

 さらに彼は、営業部隊をどうやって作るか、自分の下に複数の営業マンを雇った場合に、彼らをどう教育し、どう動かすか、その全てを知っているように思えたのだ。中学、高校、大学と、アメリカンフットボールを10年以上プレイして培った屈強な身体を持ち、鉄の意志を持って営業活動を遂行してくれる。彼と話せば話すほど、それはどの角度から見ても明らかなように思えた。

 問題は、彼が本当にフラクタに来てくれるかどうか、その一点に尽きた。ダグは一つ前に役員を務めていた会社がファンドに買収され、役員が一気に解任されたことに伴い(アメリカではこういうことが頻繁に起こる)、昨年末に前職を辞していた。彼は既に他の会社からもオファーをもらっており、既に複数の会社間で、いわば「ダグ争奪戦」とも言える状況が繰り広げられていた。

 僕は17日の水曜までにダグに対するオファー内容をヘッドハンター、そして人事コンサルティングのジョンさんと相談してまとめ、その足で、ダグに電話をかけた。ひとしきり採用の条件について話をした後、僕はダグに熱烈なラブコールを送った。

 「ダグ、フラクタにはダグが必要だ。アメリカが、水道産業が、フラクタを待っている。ダグを待っている。僕たちは、朽(く)ちた水道インフラという、アメリカで最も大きな問題を解決しようとしているんだ。フラクタは、その解決に技術的な目処を付けた稀有なスタートアップだ。これはものすごいチャンスなんだ。でも、僕たちは、この製品をどうやって効率的に売ったら良いのか分からない。ダグの力が必要なんだ。一方で、これは見方を変えれば、千載一遇の、ダグの人生にとってのチャンスであると思う。一緒にやってくれないか。この会社に賭けてくれないか。もう一度言わせてくれ。僕たちには、ダグが必要なんだ」

 結果はこうだ。ダグは翌日の18日に全ての必要書類にサインして僕に送り返してくれた。ダグがフラクタに入社することが決まったのだ。

 僕はダグに電話した。

 「ダグ、最短でいつ出社できる?」
 「加藤さん、来週月曜にレッドウッドシティのオフィスに入って、金曜まで滞在するのはどうかな? その場で営業の方針を立て、製品のスペックについて確認するのが良いと思う。それで問題ないかい?」
 「もちろん、それに越したことは無いけど、本当にそんなに早く来られるのかい?じゃあ、それでいこう」

 ダグとは一事が万事こんな感じだった。僕は極端にせっかちなところがあるのだが、ダグもまた、そのせっかちさに負けず劣らず、物事を最短で前に進めていく性格であった。

面接の夜、ダグとラースさんと一緒にディナーを
面接の夜、ダグとラースさんと一緒にディナーを

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