求む!燃えるような情熱を抱く、新たな同志たち
ビジネススキル? イノベーターの肩書? 要りません
12月後半は、人材採用、その検討や面接に多くの時間を使った。2016年は、副社長のラースさんと本当によく色んなところに出かけ、配管点検ロボットを使ってどうやってアメリカでビジネスを構築しようか、体当たりで試行錯誤を繰り返した一年だった。
最初は石油の配管、次はガス、またその途中では原子力発電所の配管市場を検討し、最終的には水道配管、それも上水道配管にターゲットを絞り、アメリカが抱える最も大きな社会問題を、僕たちのロボットが獲得するデータを使って解決するというビジネスモデルにたどり着いた。
すべてを賭けて解決すべき社会問題を求めて
思い起こせば、春先に水道公社の役員と一緒にランチを食べたことがきっかけだった。僕たちはその頃、まさか自分たちが水道配管に関するビジネスをやるなんて思っていなかったから、自分たちの話を売り込むことにこだわることなく、自然と水道公社役員の話を「聞く側」に回ったのだ。
そこで話された水道公社の問題、より広くアメリカの水道インフラ老朽化の問題、またこれに対して抜本的な解決策が見出されていない状況を聞いているうち、こうした一つひとつの話が頭から離れなくなった。
「ん? この方向に何かありそうだぞ。なにか僕たちが貢献できそうだ」
そんな単純な興味・関心を抱えながら、このあと僕たちは、どんどん水道インフラの問題を解決するための事業検討にのめり込んでいった。ラースさんとランチを食べては、水道ビジネスの話で盛り上がる。
「こりゃ、すごい市場規模だ。2050年までに、100兆円分の水道配管を交換しないと、インフラが持たない計算になってる」
調べれば調べるほど、複合的な問題が絡み合う、面白くかつ巨大なマーケットが目の前に浮かび上がってくる。
「でも、こうやってこうやってこうやれば、どうやら問題を解くことができそうだ」
ロボットを部分的に使って、ある角度から問題をスライスすると、この巨大な社会問題を解決できるような気がしてくる。
昨年8月下旬、ラースさんと一緒に水道工事の現場へ。僕たちのロボットが水道管を走れることを確認、リアルな手応えが
次期米大統領のドナルド・トランプは、企業への大規模減税を行うことと半ば引き換えに、民間企業がインフラに投資する流れを作りたいようだ。しかし、民間企業がインフラ投資事業に踏み込もうとすればするほど、営利企業として利益を出さなければならないという制約条件から、事業エリアが限られてきてしまう。たとえば水道インフラや空港などといった大型プロジェクトは、利益が見えやすいことから民間企業の投資対象になりやすいが、公道の舗装などに民間企業が手を出すことは正直言って難しい、という具合だ。
つまり、ドナルド・トランプは、幹線道路や橋、トンネルの再整備を含めたインフラ投資を行うと言っているが、民間企業が儲けが出ないと投資に尻込みするエリアが増えれば、大型プロジェクトはだんだんと利益を生みやすい空港や水道インフラに偏ってくるかも知れない。考えれば考えるほど、僕たちが考えた水道管に関わるビジネスモデルは、スジが良い話のような気がしてくる。
しかし、検討を開始した当初は、「そんなにうまい話があるはずない」とも思った。だから、僕たちは何度も何度も検討した。水道関連の展示会に出かけ、いつもの調子でラースさんと業界関係者に話を聞きまくった。メモを取り、夜になるとスポーツバーでそれをかき集める。それだけと言えばそれだけだが、こうした積み上げを毎日行うことの効果は計り知れない。業界関連のレポートを机に積み上げて端から読み、専門家にヒアリングをかけて、僕たちがやろうとしていることが、決して見当違いな方向ではないことを確認していく。
「これは、賭ける価値がありそうだ」
僕たちは、ついに確信を持ったのだ。それはいつのことだっただろう。9月、10月、11月…。日に日に確信が深まっていったので、明確にこの日というのは言えない。しかし僕たちはこの方向に賭けようと決めた。
全速前進に必要な情熱を急募。しかし妥協はしない
ここで、冒頭の人材採用の話に戻ってくる。僕たちはこれまで、できるだけ最少の人数で事業を運営しようと心がけてきた。当初はいくつかの市場を見据えていたことから、進むべき方向性が明確に定まるまで、いたずらに人を増やすことができなかったのだ。2016年にはこの記事の登場人物が数人しかいなかったことを、読者の皆さんは知っていることだろう。何しろ僕とラースさん、マットとフーリオ、そして日本人のヨネ(米村さん)しかいなかったのだ。
しかし、進もうとする方向性が固まった今、一日でも早く目的を達成するためには、資金的、人的資源をもっともっと投入するべきだという結論に達した。日本からのリソース補完という意味では、2017年1月にはヨネの後任として、まずは半年間の赴任が決まった機械エンジニアの本多君が、また同じく1月にはデータ解析職としてソフトウェア・エンジニアの吉川君が家族を連れてサンノゼにやってくる。
12月の終わりに、新戦力のソフトウェアエンジニア吉川君が出張でやってきました。水道配管の図面を広げ、解析ソフトを書いています
一方で、僕たちは、ローカル(シリコンバレーの現地)人材の採用をとりわけ急ぐ必要があった。水道配管の解析ソフトウェアを設計する製品マーケティング職、水道工事現場に行ってロボットを動かすフィールド・エンジニア、会社の経理や人事のサポート職など、ここサンノゼで多くのポジションの募集を始めることになった。
だからと言って、そんなに毎日多くの応募があるわけじゃない。ここシリコンバレーは技術ベンチャーのメッカ、人材獲得競争も激しいのだ。しかしそれでも、この明るいロック・バンドの一員になろうと思ってくれる人がチラホラ現れて、僕たちはその一人ひとりに会っていった。
僕の面接方法は、ちょっと前に『無敵の仕事術』(文春新書)に書いたように、だいたい僕が話したいことを話して、その過程で、ディスカッションの中から候補者の人となりを見る、それで合否を出す、そんな感じだ。どこまで行っても、表情、話のテンポ、トピックごとの話の深さなどで、だいたいその人がどんな人なのか、子供の頃からどんな歴史をたどってきた人なのか分かるような気がしている。「ビジネススキル」なんていう矮小なもの、こうしたテクニカルだが表面的なポイントではなく、その人の物の考え方や、情熱の所在といったことが僕にとってより大きなポイントなのだ。
情熱が欲しい。燃えるような情熱を持った人たちと一緒に働きたい。本当にそれだけだ。いっそのこと、年内に人材採用の目処を付けてしまおう、まとめて複数名採用してしまおうなどと考えていたものの、結局なかなか決めきれなかった。ラースさんと初めて会ったときのような稲妻が走らなかったと言えばよいだろうか。
2017年をハチャメチャな年にするために必要なエネルギーが、これでは足りない。妥協するくらいなら、もう少し、あとほんの少しだけ待とう。僕はラースさんと相談し、人材採用に関しては2017年の頭にもう一回仕切り直すことに決めた。
長く、濃密な、かけがえのない一年を越えて
12月21日、サンノゼの日本食料理屋さんで、ヨネの送別会をやった。お寿司を食べて、ビールを飲んで、思い出話をたくさんした。
ラースさんが、「ヨネと最初に行った出張は、ロスアンゼルスだったな」と話を始め、ヒューストン、シアトル、サンノゼなど、僕たちは一つひとつの出張の思い出を話していった。一年充実していると、あっという間だなんて言うけれど、この一年は僕にとっては全然あっという間なんかじゃなくて、久しぶりに、ずいぶん長いと感じる一年だった。
結局クレジットカードの情報は2016年中に4回盗まれて、家を1回変わり、出張先のホテルの部屋には2度入れずに(1度は予約が無くなっていてラースさんと相部屋になり、もう1度は何度やってもドアが全然開かなかった)、ヒューストンやフェニックス、シカゴにシアトル、フィラデルフィアやサンディエゴなど、アメリカの各都市を駆け回った。2016年は、僕の人生にとって、本当にかけがえのない一年だ。これまで散々色んなことをやってきたけれど、こんなに充実した、こんなに色んなことを考えた一年は無かった。神様に感謝したいくらいだ。
いつの頃からか僕は、一年の始まりに、必ず目標を立てるようになった。今年はこれとこれをやろう、というようなことだ。面白いもので、こうした目標は、それが明確で、自分なりに腹落ちしている限り、だいたい実現していくものだ。
そろそろ2017年の目標を立てようかと思っている頃、僕の頭に浮かんだ言葉があった。それは、かつて僕が大好きでよく見ていたドラマ『救命病棟24時』で、俳優の江口洋介演じる医師、進藤一生(しんどういっせい)が語った言葉だ。
一番怖いのは信頼を失うことじゃないか
進藤の上司だった小田切医局長がくも膜下出血で急逝し、救命救急センターの存在を快しとしない神宮教授からチーム解散の圧力がかかった場面で、自分が所属する救命救急のチームに進藤はこう語ったのだ。
「俺たちは何のために医者になったんだ。何のためにこの仕事やってるんだ。小田切医局長は俺に言った。人の命を救う現場には、物欲も、企みも、嫉妬も無い。患者を助けたい。ただそれだけだ。神宮教授を怒らせて、何が怖い。ここにいられなくなることか。俺たちにとって一番怖いのは、患者の信頼を失うことじゃないのか。俺たちが患者を生かしてるんじゃない。患者が俺たちを生かしてくれてるんだ。そのこと忘れたら、ここはもう小田切医局長が作った救命救急じゃない」
2017年はどんな年にしようか。何をやろうか。そんなことを考える中で、「大切なことは、こういうことだな」と僕は改めて思ったのだ。
僕は、単なる「金儲け」には、昔から心底興味がない。その理由を、過去自分のホームページに長文でしたためたことがある。先月も少し書いたが、僕は株式バブルに浮かれる起業家や投資ファンドといった人たちに、どうしても興味が持てないのだ。
「イノベーター」だとか何だとか、その記者ですら自分で何を語っているのか分からないような記事で持ち上げられても、やがて気持ち良い場所から降りられなくなるだけだ。ベンチャーに関しても、自分の足を運び、自分の目で見て、自分で考え、自分の言葉で質問し、きちんとした取材に基づいた記事を出すメディアは本当に少なく、どこかで見たようなコピペ記事ばかりが目立つ。昔作ったメディアのブランドを切り売りして、媒体名だけで記事の真実味をプッシュしても、本当のコンテンツが無ければ長期的には先細りだ。
心ない起業家や投資ファンドは、キャッシュフローが出る見込みも無いのに、注目されているという理由だけで、証券取引所を経由して、強引な成長ストーリー(と結果として行き過ぎた株価)を個人投資家に呑み込ませようとする。そんなことがまかり通るから、それを見た若者たちが、大人の背中を真似て、同じことをしようとする。
「まなぶ(学ぶ)」とは、「まねぶ(真似ぶ)」から来た言葉なのだと、その昔、学校で習った。しかし、こんなところに本当の学びはない。大人がしっかりしなければならないところだ。
もしかして記者の「友達の友達」だったかも知れない「イノベーター」たちは、レコ大問題で揺れる三代目J Soul Brothersよろしく、メディアの特集記事と、(自らが主戦場とすべきミクロな経済ではなく)マクロ的経済指標でしかない日経平均株価に一喜一憂し、いつか終わりが来るんじゃないかとドキドキしている。そして彼らはやがて、実は非常に地味な、世界をより良い場所に変えるという仕事から遠ざかってしまう。
さあ、本当の勝負を始めよう
ここで、先ほどの進藤の言葉が響いてくるのだ。本当に大切なのは顧客であり、その先にある社会問題の解決だ。
僕の場合はアメリカの水道公社にサービスを提供して、アメリカ最大の社会問題の一つを解決するということ。社内や社外の政治に明け暮れている暇はない。前回も書いたが、投資ファンドからお金を預かっている以上、それを返したいと願うのがビジネスマンの誠実さというものだ。しかし、それは必ずしも「金儲けのために事業をやっている」という目的性を意味しない。企業にとって、カネは必要だ。まずは自身の存続のため、そして将来への再投資のため、そしてリスク見合いのリターンを投資家に返すため。しかしその前に、その大前提として顧客益、またより広く社会益があることを忘れてはならないだろう。
2017年は、ここをまずロックする。全ての話はそこからだ。
年が明け、1月3日、本多君が日本からサンノゼに到着した。6ヶ月間と、期間限定ではあるものの、12月27日に日本へ帰国したヨネの後任といったポジションだ。少しでも渡航経費を浮かすため、東京からオレゴン州ポートランド経由でサンノゼに入ってくれた彼は、自分の荷物がサンノゼ空港に到着していないことを知った。荷物が紛失したというのだ。
1日目からアメリカの洗礼を受けた彼だったが、気を取り直して早速翌日4日から水道工事の現場に赴いて良い仕事をしてくれた。即戦力だ。ドタバタと電話やビデオ会議、水道公社とのミーティングなどをこなしているうち、1月12日には吉川君が家族を連れて日本から到着した。もうすぐマットが正式に、ヒューストンからサンノゼにやってくる。2月からは、2016年の2倍の人数になる。
さあ、本当の勝負開始だ。
2017年のスタートは、メンバーで散歩。仲間が一人、また一人と増えてきました
先月も、色々な読者の方から応援のメッセージをいただいた。本当に嬉しい限りだ。読者の方々からの応援メッセージには、全てに目を通すようにしている。応援メッセージなどは、この記事のコメント欄に送ってもらえれば、とても嬉しい。公開・非公開の指定にかかわらず、目を通します。
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