新年は元旦を除いて仕事に追われた。1月2日、3日と、前回の記事で紹介したロブの会社との調整を行うために、メールと電話をたくさんしなければならず、三が日という感じはしなかったが、まあそれはいつものことだ。おかげで話し合いと契約は順調に進み、1月4日には、ロブの会社と戦略的事業提携に関する契約書にサインをすることができた。

ガゼルの魂を、全身で伝えたい

 1月10日に行ったプレスリリースに関して、一つ書いておきたいことがある。それはアメリカにおけるPR(パブリック・リレーションズ)会社の存在についてだ。

 アメリカはPR社会で、ベンチャー企業であっても、PR会社とつながりをもっておくことで、プレスリリースや新聞・雑誌の取材のセットアップなど、いくつかのベネフィットが期待できる。今回ロブの会社と行ったプレスリリースに関しても、僕たちと付き合いのあったPR会社が原稿を書いてくれたのだが、そのドラフトを見ると、なんと僕のコメントまで気を利かせて書いてくれていた(つまり僕ではないPR会社の誰かが、フラクタCEOのコメントをゴーストライティングしてくれていた)。

 これを見て、僕は正直悩んでしまった。美しい英文コメントで、さも僕が書いたような内容になっているが、正直魂がこもっているとは思えない内容だ。とはいえ、サンフランシスコ在住のPRのプロが書いた原稿だ。もしかしたらこれがアメリカにおけるお作法なのかもしれないと思った。こういうことを受け入れることで、より広く僕たちの製品が世の中に浸透する可能性があるかもしれない。他人が書いたコメントを、今回だけは使ってみようか・・・。

 その30秒後、僕はこの悩みに対してある結論を出した。

 「他人が書いた自分のコメントを出すなんて、本当にクソ食らえだ」

 それが僕の結論だった。僕はすぐさまに自分で自分のコメントをドラフトして、PR会社に修正を依頼した。英語が多少下手だろうと、気の利いた文章なんて書けなかろうと、全く関係ない。僕には僕の声があり、そこには魂がこもっている。僕には全身で伝えたいことがあり、だからこそ自分で会社をやっているのだ。

 僕のコメントにはこう書いた。

 「いつの時代も、新しい技術を先取りし、誰よりも先にそれを市場に届けようとするのは、のろまなゾウ(※大企業のたとえ)ではなく、ガゼル(※ガゼルは、ベンチャー企業のたとえでよく使われる動物。ネズミでもゾウでもなく、スピード感があり成長性に優れた企業のたとえ)のような会社なのです。僕たちが機械学習を使って水道産業にもたらす技術的な変化は、1970年代にCADの技術が設計の現場をたちまちに変えてしまったこととよく似ています・・・」(一部のみ抜粋)

ガゼル、跳びます
ガゼル、跳びます

 僕たちはベンチャー企業だ。大企業がやらないこと、絶対にやれないことをやる。スピードと柔軟性を併せ持ち、曖昧さと複雑さの中を走り抜ける。形式ではなく本質を見つめ、出世や建前ではなく、仲間と信用を大切にする。これは、アメリカの水道産業、大きな企業たちに対する宣戦布告なのだ。

 そして、僕はなぜここで、CAD(Computer-Aided Design:コンピュータによる設計支援ツールのこと)を例に挙げたのか。それは僕自身が、1980年代に、CADによって生活の激変を経験した子供だったからだ。

 僕の母は、僕が生まれてすぐに手に職をつけようと「ドラフター」という製図台(=製図板上にT定規、勾配定規、縮尺定規などの製図道具の機能を集約したアームがついている製図台)の通信教育を受け、その製図方法を身に着けて、長い間、自宅で仕事をしていた。マンションや商業ビルの屋上にある貯水タンクの図面をドラフターで描いては、その図面を納品することで生計を立てていたのだ。

 ところが、1970年代中頃から徐々に導入され始めたCAD技術がドラフターに取って変わるようになると、1980年代後半になる頃には、母の仕事は急速な勢いで単価が下がり、またその量も激減していった。そして、勤めていた設計会社も、やがて倒産の憂き目にあったのだ。僕は最近気づいた。これは良い意味での「親の仇(かたき)」にあたるのではないかと。

 僕たちの製品は、水道産業に劇的な変化をもたらすだろう。しかし、こうしてイノベーションを扱う人間には、広く力ない人々を見渡す、道徳的かつマクロな視点が求められる。イノベーションというのは劇薬なのだ。僕たちは直接的に雇用を奪わずに、適切にこうした技術を行使することで、「無駄な水道管の交換」という単なるお金の無駄遣いを抑制することができると信じている。CADの影響を知っているからこそ、フラクタが社会にもたらす影響について、真剣に考えていきたい。僕は新年も、真面目にやろうと誓った。


 前回も、色々な読者の方から応援のメッセージをいただいた。本当に嬉しい限りだ。読者の方々からの応援メッセージには、全てに目を通すようにしている。応援メッセージなどは、この記事のコメント欄に送ってもらえれば、とても嬉しい。公開・非公開の指定にかかわらず、目を通します。

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