12月25日のクリスマスの日の朝、僕たちにもサンタクロースからプレゼントが届いた。僕とラースさん、フラクタの記事が雑誌Forbes JAPANに掲載されたのだ。

根無し草のクレイジーに祝福を

 11月初旬に取材班がレッドウッドシティのオフィスまで日本から足を運んでくれ、きちんとした取材をして記事にしてくれた。12月25日発売号の特集は「次代の経済圏を作る革命児」というタイトルだったのだが、このテーマの副題が「日本人よ、まだまだクレイジーが足りない」というものであり、これがまた良かった。

クレイジー2名、取材していただきました
クレイジー2名、取材していただきました

 YouTubeのCEO含め、何人かのアメリカ企業の経営者と並列で、僕とラースさんが「クレイジーな人」として取り上げられたこと、僕たちの発想や行動のクレイジーさが、新しい経済、新しいビジネスを生み出そうとすることに使われていると理解されたことを、僕はラースさんと一緒に喜んだ。

 ここシリコンバレーでは、「クレイジー」というのは褒め言葉以外の何物でもないのだ。クレイジーと呼ばれるということは、まず人とは違うことをやっているということ。何か世の中にインパクトがありそうな、新しいことを始める場合、人と同じことをやっているようでは、とてもではないがそれは達成できない。クレイジーくらいでちょうどいいのだ。

 カリフォルニアでは特に、「人と違う」ということが、とてもとても大切にされている。学校教育の現場でも、こんな言葉が多く伝達されているということだ。

 「人と違うということは、“受け入れられる” などという後ろ向きなことではなく、人と違うということが促進され、人と違うということが期待され、また人と違うということが祝福されるべきなのです」

 自分が人と違うということに悩む若者がいたならば、その人はカリフォルニアに来れば良い。カリフォルニアは、誤解を恐れずに言うならば、大いなる「根無し草」たちの集まりだ。しかし、この大いなる「根無し草」たちの中から、何か本当に人類の役に立つことが生まれるならば、それはそれで素晴らしいことなのではないかと最近強く思っている。

 これまで何度も言ってきたが、シリコンバレーは素晴らしいところだ。ここにはオタクを蔑(さげす)む文化も、同質化の圧力も無い。年齢は関係ない。性別も関係ない。国籍も関係ない。この場所には、全力でそういうことと戦ってきた歴史があり、多くのクレイジーな人たちを磁石のように惹きつけてきた。クレイジーは良いことなのだ。

次ページ 心を正直に、弱きを助け、飛ぶ