組織の論理からすれば合理的な返答なのだが、被災者の多くは組織の理論の中で生きてきた人たちではない。合理的な謝罪など受け入れがたい「不合理な気持ち」こそが今の福島の問題でもある。

 浪江町から避難している男性は、子どもとの想い出が詰まったグランドピアノについて対物賠償を求めた際、東電の担当者から領収書の提出を求められたことに激怒していた。東電の担当者の対応は合理的なのかもしれないが、永遠に取り戻すことができない暮らしのツケを、せめて東電に支払わせたいという被災者の怒りは、ただの不合理な要求と片付けていいのだろうか。

 加害者として、被害者の心証を汲むべき「正しい不合理」がそこにあるのではないか。

「風評被害を懸念」の背景にある気持ち

 東電が被災者の「不合理な気持ち」を解消できないことが、実際に廃炉作業の遅れの原因になってしまっている例もある。2015年、汚染水の発生量を減らすために福島第1原発でサブドレン(井戸)が稼働した。原子炉建屋周辺に流れ込む前に地下水を引き上げ、浄化後に海洋放出している。サブドレンの稼働は、風評被害を懸念する漁業者の反対で何度も遅延した。

 しかし、合理的な見地から見れば、サブドレン稼働による漁業者側の不利益はなかった。反対の理由を「風評被害」と伝える報道が多いので、誤解していた人も多いかもしれない。サブドレン稼働前、建屋周辺で汚染された地下水はそのまま海に流出してしまっていた。サブドレン計画とはその地下水を建屋手前で引き上げて浄化するもので、海洋に放出される放射性物質は大きく低減されるのだ。

 反対の理由を漁業関係者に聞いたところ、原因は「不合理な気持ち」が引き起こしたものだった。

 「東電は放出されている地下水の基準を偽装するのではないか」という不信感。そして「国民に全く信用されていない東電の計画を、唯々諾々と受け入れていては、漁業者も国民に信用されなくなる。検査を通して出荷している安全な海産物まで危ないと思われかねない」と漁業関係者は打ち明けた。

 スリーマイル島原発事故の現場指揮に当たった米原子力規制委員会元幹部で、現在は電力各社やプラントメーカーなどがつくる国際廃炉研究開発機構の国際顧問を務めるレイク・バレット氏は「福島の廃炉が遅れるリスクは、多分に文化的・社会的な問題だ」と指摘する。

 4月26日付の記事「原発処理費用、22兆円のウソとそのワケ」でも指摘した、トリチウム汚染水の放出を漁業者が強硬に反対しているのもその一例だ。トリチウムの濃度は法令基準の40分の1という低い値である。

 しかし、サブドレンと同じように東電への不信感に加え、一度は高度汚染地帯に入り込んだ水であること、放出するトリチウムの絶対量が甚大であることが漁業者の不安を増幅させている。

 避難者や漁業者に「不合理な気持ち」が生まれるのも当然のことだ。サブドレン稼働は合意に向けた手続きが進められる中で、建屋屋上から汚染水が海に流出していた問題、移送中の汚染水がホースから漏出していた問題が立て続けに発覚した。一度交渉がご破算になったこともあった。