「そういう瞬間風速的な非常事態に対応するためにも、普段から工程の最適化を全員でおこないムダな仕事を作らないんです。ただ、新しい工程や考案を確立する為には時間を惜しまず徹底的に取り組んだ方が良いと思っています。

 レースに出る前の、仕様決めの段階では、『何月何日からレースが始まるから、いつまでに本戦エンジンにこの部品を組み込まないといけない。ということは、組み込む前の部品の評価を何月何日にしないといけない。で、最後まで1馬力でも高く、1分でも長く使える信頼性のある部品にしないといけない。と、評価される部品自体の仕様決めはギリギリまで行います。一方、いざ、エンジンに組み込まれる仕様が決まって、量産となったら、工程の最適化を行い、機械の精度変化を読み無人運転などのシステムを構築する。試作は、昔ながらのケンマツスタイルなのかもしれませんね(笑)」

部活でもいいじゃないか、目的と結果がクリアなら

 なるほど。なんだか、いわゆる体育会系の部活みたいですね。以前、女性のコンサルタントの方に「日本人の男性会社員は、仕事を部活だと思っている。人間関係や組織に過度に忠誠を誓って、だから生産性が上がらない」という指摘を伺ったことがありました。

 「う~ん、レースは勝負がハッキリ付くと言うところがあるから、部活に似ているのかもしれませんね。頑張って作ったその部品がどういう結果を出したか、すぐ試験され良し悪しが分かる。それを全員で共有できる。フィードバックが早くて明快だから、精度、納期に追われるキツイ仕事であっても、モチベーションを維持し続ける事ができるのではないかと思います。結果が何も見えないままやりつづけるのは辛い。

 実戦というフィードバック、競争の結果があるから、次の手立ても考えられる。もっといいものを作っていくには、各自で工程改善を、と言う風に持って行けるし。『とりあえず言われたとおり作りました』だと、方向性が決まらない。今は目的が明確、緊張感を持って働けて、フィードバックも明快で、恵まれた環境と思います。そして、このモータースポーツで培われる最先端の技術や部品は市販車にもフィードバックされ、より高性能で高機能な市販車が生まれていると思うと、もう、とっても嬉しくなります」

 ありがとうございました。ところで、気になっているんですがその長髪は…何か、こだわりがあるんですか?

 「あ(笑)、これ、願掛けです。今年で4年目になりますが、毎年正月からル・マンが終わるまで、必勝を祈って伸ばしているんです。以前、村田さんが願掛けでヒゲを剃らないっていうので、じゃあ、こっちは髪だ、と。去年はあとちょっとのところで願いが叶いませんでしたが、今年こそは、気持ちよく切らせて貰います」

[画像のクリックで拡大表示]

*****************************

 帰りはまた、松浦顧問――いや、こう書くと気分が出ない。伝説の男、ケン・マツウラのレクサスNXで市街まで送っていただいた。「賢太が帰ってきたときの話は全部本当ですよ。もう数年間、ほとんど口もきかなかったりね。今思うと、あっちがぜんぶ正しかったんだけどさ(笑)」と、屈託無く語る氏に、父親としてご満足ですか、と水を向けると「いや、そもそも、あいつが生まれた時は僕はレース場にいて、初めて顔を見たのは3カ月後だったからね。考えてみたら、そんな仕事の仕方が『正しい』とは言いにくいよね」と、また笑った。

 その、生後父親の顔を3か月間見られなかった松浦賢太氏は、去年のル・マンはテレビ観戦していたという。ゴール20分前、これはいよいよ悲願の初優勝だ、とレースを見ている全員が思った(息子とネット中継を見ていた私も、そういえば当時思いました)頃に、「これはもう間違いない、と、うっかりビールを開けちゃったんです。あれがよくなかった。最後まで気を抜いちゃいけません。今年は注意します」と真顔で言った。

 これを笑える人間は、トヨタのル・マン関係者ではおそらくひとりもいないだろう。

 さて、週末は本番だ。賢太氏は心置きなく髪を切れるのか? 村田GR開発部長はヒゲを剃れるのか? トヨタは昨年の敗北を「伏線」に変えることができるのか?

(トヨタ・ガズーレーシングの「ル・マン24時間耐久レース」サイトはこちら

 この取材直後の2017年もまた勝てなかったトヨタ。
 しかし、1年後の昨日、ついにトヨタはル・マン24時間を制しました(こちら)。
 ポールポジションと2位からスタートし、ワンツーフィニッシュの完勝。
 関係者の皆様、ほんとうにおめでとうございます。

 松浦賢太さんに「いい酒飲んでますか?」とメールしたところ
 こんなお返事をいただきました。ご本人の許可の元、転載します。

----

 22時からの表彰式をツマミに祝杯飲んで深酒になってしまい、
 軽く二日酔いです。笑

 来週辺り、髪を切りに行きます。

 応援ありがとうございました!
 長かった、本当に長かったです。

 表彰式で流れた君が代には泣けました。

 アウディ、ポルシェが居ないのは残念ですが、このまま
 継続して参戦して、市販車に最新技術をフィードバック
 し続けてもらいたいです。

----

(2018/6/18追記:編集Y)

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。