レースエンジンの開発力があれば、市販車についても、メーカー側にとってはとても頼もしいパートナーになれる、と。

 「そこで、さらにタイトな日程で試作に対応できるように、2006年には工場を建て増しして、部品加工に特化した仕様のマシニングセンターに、品質を保証する三次元測定器や真円度測定器なども増設しています。おっしゃるようにずっと松山でやってきたわけですが、2010年にはレース部品デリバリー、サーキットサポート、エンジン試験に対応できるよう、トヨタ東富士研究所の近くに東富士工場を建てました」

 なるほど。ところで賢太さんは“ケン・マツウラ”の家に育たれて、やはり小さい頃からモータースポーツに興味が?

 「ああ、私はモータースポーツよりエンジンや部品そのもののに興味が向きまして。それは幼少期から父の影響でエンジンに触れていたからかもしれません。そこで、ある大手工作機械メーカーに、修行として2年間働かせていただいて、2000年に帰ってきて入社したんです」

 もしかして、そのメーカーはYASDAさんですか。岡山の安田工業。

 「そうです(笑)」

 タマチ工業の米内社長(連載第1回参照、こちら)が、すごい工作機械を作る会社だとおっしゃってました。マザーマシン(工作機械を作るための工作機械)のメーカーですよね。そこに行って帰ってきて、どうでした?

 「正直、カルチャーショックを受けました!」

 といいますと。

ハイエンド企業だと思っていたら、時間が止まっていた

 「修行に出る前も、外から見ている時も、ケン・マツウラレーシングサービスは、ハイエンドの技術力を持っていて最先端な会社、という認識でした。ところが、帰ってきて客観的に見ると『時間が止まっている』感じなんです!」

 じ、時間が止まっている?

 「安田工業では、国内外自動車メーカーや航空機メーカーにも導入されるマシニングセンターを作っていて、機械の造り込みや精度、最先端の加工事例を武器に他社とのコンペで戦ったりしたわけです。そんな経験を経て帰ってきて、いざ見てみると、マシニングセンターの使い方といい、工具の切削条件といい、加工方案といい、ケンマツウラの、よろしくない意味での“独自の世界”で、時間が止まっている感じを強く受けました。なので、現場は夜の1時も2時も3時も仕事している状況です」

 工作機械メーカー側の立場から見ると、本来の使われ方をしていないのでは?と。

 「高精度なマシニングセンターは、オペレーターが部品に適した加工・計測のプログラムを使い、機械の精度変化を読み、多様な治具を作り、いかに同じものを狂いなく24時間作り続けるかに賭けて、システムを構築することによって真価を発揮します。ですが、当時の会社は、大、小、どんな部品であっても、単品脱着加工(作業が変わる都度、人手が入る)を前提とした使われ方が目立っていました。いい例えなのかわかりませんが、軽トラで運べる荷物を10トン車で運んでいるような」

 なるほど、おっしゃることがなんとなく分かってきました。

 「でも、『徹夜でモノ造りをする』のがウチのスタイルだ、という思いがこの会社の中には充満していて、全員が職人気質で、分業制のようなイメージでした。自分自身もその空気に呑まれかけたことが何度もあります。その先頭に立っていたのが顧問でしたから」

 うわ。お父上が。

 「『2年やそこら他所で飯喰ってきたくらいでなにがわかるんぞ。シフト制にして、365日稼働日にして生産性を上げれば同じことじゃろうが』と」

 あ、伊予弁。

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