貿易構造を決めるのはどうも「絶対的な技術水準」ではないようです。

 そこで比較優位説は「ある商品の生産性の国際比較」ではなく,(ひとつの国の内での)商品間の生産性の差――生産に要する機会費用に注目しました。

 たとえば,E国では綿織物を1反増産するために必要な労働者数(1名)を確保するためにはワインの生産に従事する労働者を1人(ワイン生産0.5本分)を削らなければなりません。綿織物を1反増産するために、ワインを0.5本あきらめなければならないという状況を「E国の、綿織物1反の機会費用はワイン0.5本である」といいます。逆に、ワイン1本分の機会費用は綿織物2反分となります。

 あるものを手に入れるために犠牲になるもの・こと・カネが機会費用でしたね(こちら)。

 一方、P国では綿織物生産を1反増やすにはワイン1本分の労働者をワイン工場から織物工場に異動させればよい。ということは、「P国の、綿織物1反の機会費用はワイン1本」です。逆も同じです。

生産性ではなく「他国より機会費用が低い財」が「比較優位財」

 ここでそれぞれの機会費用をまとめてみましょう。

【綿織物一反の機会費用】
E国:ワイン0.5本
P国:ワイン1本

【ワイン1本の機会費用】
E国:綿織物2反
P国:綿織物1反

 ですね。このとき、綿織物の機会費用が低いのはE国ですから、「E国は綿織物に比較優位がある」ことになります(生産効率ではE国の方が高いのですが、なぜ「優位」というのか。これは後編で詳述しましょう)。一方でワインの機会費用が低いのはP国です。これを「P国の比較優位財はワインである」と表現します。

それぞれの機会費用は逆数の関係にある

 ここで、ある国の「ワインの機会費用」と「綿織物の機会費用」はそれぞれ逆数の関係にあることに注目しましょう(P国の場合は1ですが、1の逆数は1)。分子・分母を逆にしているわけですから、綿織物とワインについて同時に比較優位をもつことは不可能、ということになります。

*逆数……分子分母を逆にした数の関係。2/3の逆数は3/2、4の逆数は1/4など。逆数を掛け合わせると1になります。元の大小関係と逆数の大小関係は必ず逆になります。A>Bならば1/A<1/Bですよね。

 綿織物の機会費用が「E国でワイン1/2本」<「P国でワイン1本」
 ワインの機会費用はその逆数ですから「E国で綿織物2反」>「Pで綿織物1反」

 …のように、逆数では大小関係は逆転します。

 比較優位は分数・逆数の性質(のみ)から導かれているため、経済状況がどう変化しようがその結論部分が変わらないという意味で頑健というわけです。

 各国が比較優位の財を輸出すると考えれば、全ての国には輸入する品があると言うことになります。これならば絶対優位説のような矛盾は発生しません。

 ではこのような比較優位に基づいた貿易は各国の経済的な豊かさに何をもたらすのでしょう?

(後編に続きます)

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(日経ビジネスベーシック編)
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