「『お金と健康、そして頭が良いという3つが揃っていると成功する確率は高まるが、自分には何もなかった』。こうバブソン氏は話していたが、1929年の大不況を予見し、見事に財産を築いた。その資金を元に作ったのがバブソン大学。当時から実践的な教育に力を入れていたユニークなビジネススクールだった」

今から55年前にバブソンでMBAを取得した村田機械の村田会長(撮影:菅野勝男)

 村田会長は帰国後、アントレプレナーシップを発揮し、会社を成長拡大させるのに成功した。「欧州を飛び回って面白い技術にはどんどん手を付けた。最初は欧州に学ぶことが多かったが、次第に自社技術の開発にも成功するようになった。日本社会全体がイケイケな雰囲気だったこともあるが、積極的に攻めたことからグローバルで勝負できるようになった」(村田会長)。

 村田会長は現在、バブソンの日本人OB会会長を務めている。卒業生を意味する「アラムナイ」の会には、トヨタ自動車の豊田章男社長、イオンの岡田元也社長、佐藤製薬の佐藤誠一社長、スパークス・グループの阿部修平社長らが名を連ねている。特に豊田社長は「バブソンでの経験が役に立った」との考えから、長男も慶應義塾大学卒業後にバブソンに入学させ、自らと同じ道を歩ませた。ファミリー企業の後継者であっても、バブソンOBには独自の経営を展開する個性的な経営者が多いことが分かる。

社長経験者も学生に

バブソンに留学している日本人留学生。ボストンで「スマートボトル」のベンチャーを立ち上げた河野辺和典氏、製菓会社社長を経て起業を進める田中大貴氏、野村証券から社費留学する平山亮氏、帰国後にファミリー企業を引き継ぐことが決まっている小林単氏(写真左から順に)

 バブソン大学経営大学院には現在、8人の日本人が留学している。このうち田中大貴氏は社長経験者だ。外資戦略コンサル、ITベンチャー役員を経て、26歳で製菓会社の社長に就任。経営再建を託され、黒字化を達成し退任。その後、私費でバブソンに留学し、抹茶ビジネスでの起業を目指している。

 「ここには起業のための環境がすべて整っている。ビジネスモデルの説明をしたら、『メキシコで同じようなビジネスをしている人を知っているから紹介するよ』とすぐに連絡を取ってくれる。多くの学生が経営に関わり苦労した経験を持っているので、仲間意識が強い。足の引っ張り合いは皆無ですね」

 バブソンでの経験を通じ、田中氏は漠然と思い描いていた起業イメージを、明確なビジネスモデルに落とし込むことに挑戦。今夏には日本に一時帰国し、事業内容と会社組織を固めることを決めた。「経営学は聞いて学ぶより実践しながら学んでいくもの。貯金を切り崩して2年間で1000万円以上の学費を払っており、すべてを吸収して帰るぞという強い意欲が持てた」。田中氏は目を輝かせながらこう話す。