ルーマニアの大学都市、クルージュ・ナポカ市。2017年6月13~14日に開催された欧州委員会の会議に、筆者はキーノートスピーカーのひとりとして招かれた。テーマは前回もお話しした、「オープンイノベーション2.0」である。

 ルーマニアはEU地域で最も所得が低い国のひとつで、国別イノベーション指標でも最低位グループに属する。こういった会議の開催を通じて地域全体の底上げを図る意図もあるのだろう、などと思って参加した。しかし、その活気に驚いた。それは「草の根イノベーション」の力だ。

ルーマニア、クルージュ・ナポカでの「オープンイノベーション2.0」会議。中央のスピーカーは第87代首相にして、同市市長、エミール・ボック氏。

地域の知識資本が活きる「草の根イノベーション」

 実はこの会議は時期に意味があった。今年の6月15日をもって、EU地域内のモバイル・ローミング(国際相互接続)が撤廃された。つまり、欧州が単一デジタル市場となって、「オープンイノベーション2.0」を推進するインフラの一部が具現化する、というエポックなタイミングだったのだ。

 ルーマニアのインターネット接続スピードは、世界トップクラスの韓国や日本に次ぎ、米国などをはるかに凌いでいる。2016年ではピーク時が84Mbpsで世界10位だが(最速はシンガポール)、都市別に見るとクルージュは東京より速い。

 1990年代まで民主主義国家でもなかった国のインターネット接続速度がなぜ速いのか?ルーマニアの通信業者、ロムテレコムが進んでいたわけでも、海外投資が行われたわけでもない。よく知られたエピソードのようだが、地域の若者たちが音楽ダウンロードをしようと地上にLANを巡らせていったことが始まりだという。つまり、まさに草の根的に急速に広がったのだ。

 筆者が登壇したEUの会議では、地域のスタートアップや地域企業のアイデアプレゼンの場も設けられていた。人工衛星内の回路を有線から無線に変えるという技術アイデアもあった。冷戦時代にソ連の宇宙開発の一翼を担っていたルーマニアには、今も多くの若い才能があるという。

 ノキアなど先進企業のアウトソーシング拠点としても重要な位置を占めてきた要因もあるのだろう。今年、同国のスタートアップは、米国のウエアラブル企業「フィットビット」による30日間充電不要のスマートウォッチ・メーカー「ヴェクター・ウォッチ」や、配車サービスの「クレバータクシー」などの買収が相次ぎ、一層注目を浴びた。

 ルーマニアは科学、数学、技術教育に優れたことでも知られている。それまで蓄積されてきた知識資本がこういった草の根イノベーションの背景にあるのだ。未だに不幸なチャウシェスク政権時代の人口政策失敗で、人口減少が止まらず、移民としての流出も多い。したがって、地域活性化戦略としてもスタートアップの重要性は極めて大きい。