森川:私も大企業が長かったので、それはよくわかります。日本テレビにいた時、ネット動画配信を担当していたのですが、当時社内で何を言われたかというと、「視聴率の邪魔をしないように」と、「インターネットの成功は、テレビ局に影響を及ぼす」ということです。

 ソニーにいた時は、まだ携帯電話にカメラが付いていない時代でしたが、iPodと同じ機能を持たせるアイデアがすでにあったのです。しかし、その企画は通りませんでした。理由は、「ウォークマンとテレビの売り上げに影響する恐れがある」ということでした。

 こういう側面では、ボトムアップには限界があります。今は社長なのでどんどんやっていますが、逆にイノベーションばかりでも会社は潰れてしまうので、バランスが結構大事だと思いますね。

魚谷:確かに、トップが動いて、会社の風土を変えるしかないですね。資生堂もそうでしたが、それができれば、現場から多くの意見が風通しよく聞こえてきて、様々なポジティブな動きが生まれます。

 そうやって、多くの社員、管理職や役員も含めて、その人たちのどれだけの意識や行動を変えられるかです。そのきっかけとして、「やっていいんだよ。こういう会社になるんだから」とトップが宣言するわけです。ボトムアップが理想形だと思っていますが、それを誘発するために、トップが最初に水を撒く必要があるわけです。

 社長室のドアを開けておくだけでは、誰も来ません。だから、こちらから行くしかない。実際、私は役員と一緒に現場を巡りました。4年間で、のべ6万5000人ほどの社員と会って話をし、まずは、課題だと思うことを聞きました。続けて、メールで意見募集を行ったところ、たくさんのメールが来て、すべてに返信しました。

 そうすると、経営層が真剣に会社を変えようとしているという姿勢が伝わります。そういう姿勢を社員に示すことが重要だと思います。もうひとつは投資です。マーケティング投資も2015年から17年の3年間で累計1100億円増加させました。短期的な収益の落ち込みは辞さないという気持ちで行いました。

阪根:従業員が200名弱という私たちのような規模の会社でも、やはり大企業と同じで、とんでもないことをやる際には反対意見しか出てこないですね。例えば「ナステント」という鼻にソフトなチューブを挿入して気道を確保し、睡眠時の呼吸トラブルを防ぐ商品を開発した際には、「誰が鼻の中にチューブを突っ込んで寝るんですか?」とか、「そんなもの仮に技術的に達成できても、売れるわけがない」という意見が大半でした。

 「洗濯物を折りたたむという、よいテーマを見つけたよ」と言ったときも、「は!?」という反応がほとんどでした。「そんなことをするために入社したのではありません」というような。「それって世界の大手メーカーはやっているのですか?」「いや、いや、やってないからやるんだよ」「いや、彼らがやってないということは、できないということですよね?」と私を説得にかかってくる人もいました。いきなり“反対勢力”です。

 そういう意見をなくすために私がすることは、ゴールを明確にすることです。それが見えないから皆、怖いのです。分からないことへの挑戦に対して、反対がある。だからそこをクリアにする。いくらハードルが高くても、実現の可能性があるということ。そして、この商品が社会にもたらす価値を明確にし、そうしたゴールをイメージできるように、ビジュアライズして訴え続けるしかありません。それがイノベーションに向けた戦いですね。

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