「仕事がなくなるかもしれない」危機感がバネに
第23回:市場主義とオープンイノベーションが成長を生む(1)
左からカネカの角倉護社長、日本郵便の横山邦男社長(写真:北山 宏一、以下同)
ポートフォリオの変革をもって企業の成長を担保する。そのために組織構造を大幅に変えたカネカ。そして、日本最大の社会インフラを擁する日本郵便は、自らをオープンプラットフォームとして捉え、多くのアイデアと実行力をベンチャー企業に期待している。
素材メーカーと郵政事業。異なる業界に属する2社であるが、「イノベーション100委員会」(※)でカネカの角倉社長と日本郵便の横山社長が語った、イノベーション実現のために目指す方向性は、非常に似ていた。
今回は、現状認識に強い危機感を持つ経営者の対談。まずは、ビジネス環境の変化に対する課題認識について聞いた。
イノベーションとは、「新しい需要を作る」こと
カネカの角倉護氏(以下、角倉):やはりリーマン・ショックが起点でしたが、既存事業だけでは将来が危ないと思いました。2008年当時の弊社の売上規模は大体4000億円くらいでしたが、そのままの推移に委ねるだけでは6000億円か7000億円程度が成長限界だろうと予想できました。
角倉 護(かどくら・まもる)氏
カネカ代表取締役社長。1987年、鐘淵化学工業(現・カネカ)入社。ベルギー駐在、高機能性樹脂事業部長などを経て、2012年6月に取締役常務執行役員に就任。2014年4月より現職。
「変革なくしてカネカの成長はない。停滞は衰退」「今までやってきたことを続けることは簡単で、快適。常に自分を追い込み、高みを目指して鍛錬を続けて、新しい世界に飛び込む勇気を持って挑戦しよう」と社員に呼びかける。
では、どうするのか。メーカーですから、得意技術と言えるものを核にして、新しい分野に出ていかないといけない。以来ずっと言い続けているキーワードが、「変革と成長」です。その意味は、「変革なくして、成長はない。成長なくして企業は存続しない」というものです。コモディティ化の波に飲まれてしまえば、中国や新興国にどんどんシェアは奪われてしまいます。
※イノベーション100委員会とは
企業がイノベーションを興すための方法を探るために変革の思いを持ち、行動を起こしている企業経営者がイノベーション経営について議論する場。「イノベーション経営を進める大企業経営者が100人になれば、日本は再びイノベーション国家になる」との思いを持ち、経済産業省、株式会社WiL、一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)が2015年より共同運営している。
角倉:では何を変革するのか。ポートフォリオの変革です。私たちはプラスチック製品をメインとする化学メーカーですが、その中でも栄枯盛衰があります。同じプラスチック事業でも、作っているものを変え、売り先を変えています。
例えば発泡ポリスチレンは、畳の芯材として広く使われていました。今はゼロエネルギーハウスという概念がトレンドです。そこで住宅の断熱性能に特化したエコポリスチレンフォームに切り替えていこうとしています。そうした小さな変革を積み重ねています。
一方で、私たちは今、6000億円規模の会社ですが、全体の約10%を医療機器やサプリメント原料、医薬品の中間体販売などを行うライフサイエンス事業が占めています。
これまでのベースは医薬中間体の合成でしたが、今やその市場の多くは韓国勢や中国勢が占めています。そこで、次に私たちがターゲットにしたのがバイオ医薬品です。化学合成ではなく、菌やバクテリアなどから薬をつくる創薬の分野です。そんなふうに、同じくくりでも違う方向に裾野を広げています。
それが私たちの「変革と成長」です。私自身の中でイノベーションとは、「新しい需要を作る」ことだと思っています。常にその視点は忘れたくないと思っています。
社会的使命の全うなくして成長なし
日本郵便の横山邦男氏(以下、横山):私たちはもともと郵政省でしたが、郵政公社となり、2007年に民営分社化しました。2015年の秋に親会社である日本郵政が株式を公開しました。上場をした民間企業ですから、当然、効率性や収益性を追い求めなくてはいけない。一方で、私たちはユニバーサルサービスを提供する非常に公的な存在であるということも、強く意識していかなければなりません。
横山 邦男(よこやま・くにお)氏
日本郵便代表取締役社長兼執行役員社長。1981年、住友銀行(現・三井住友銀行)入行。2006年、日本郵政執行役員、2007年、同社専務執行役を経て、2009年、三井住友銀行執行役員、2011年、同行常務執行役員。2014年、三井住友アセットマネジメント代表取締役社長兼CEOを経て、2016年より現職。
創業時(明治4年)から受け継ぐ社会的使命を全うするため、郵政事業の革新に挑む。
日本郵便社長に就任して1年半になりますが、私の第一声は、「なくてはならない最高のインフラだからこそ、最高の社会的使命を持った会社なのだ」でした。
企業というものは、どんな企業でも社会的使命を持っており、「社会的使命の全うなくして成長なし」と、私はかねがね思っています。当社が持っているのは最高の社会インフラですから、そのことを自負しつつ、それを通じて、最高の社会的使命をどうやって全うしていくのかということを考え続けなくてはいけません。
しかし、そこにはイノベーションの考え方が必要です。社会的使命には、ずっと変わらない“普遍的使命”だけでなく、“時代の要請に基づく使命”もあるからです。私たちの場合、前者はいわば郵便、貯金、保険の提供というユニバーサルサービス。1871年に前島密翁が郵便制度を作って以来のDNAです。その上に後者を積み重ねていく、そこに成長のタネが生まれるわけです。
社会が抱える課題や矛盾にチャレンジして、壁を乗り越えていく。そこに生まれる成長こそが、企業が長く生き続けるためのパワーとなり、社会に奉仕していくという使命に対する答えになるのだと思っています。だから、「社会的使命の全うなくして成長なし」は、角倉さんの言う「変革なくして成長なし」と本質的には同じ考えだと思います。
どんな企業にとっても、健全に成長していくためには、事業ポートフォリオの再構築が必要だと私も思います。郵便物の引受数は、メールやLINEなどSNSの普及で毎年2〜3%ずつ減っています。2001年のピークで260億通あった手紙とはがきは、すでに180億通にまで減っています。「もしかしたら、なくなる」というつもりで考えていく必要があるわけです。
私が長くいた金融業界においてもそうでした。フィンテック全盛の時代になると、ライバルがどこにいるのか本当に分からなくなりました。その結果、メガバンクも、変化の後追いをするしかなくなったのです。
横山:環境変化の兆しは分かりにくいものです。そこをどう見極めていくのかが現代の経営者には求められているのだと思います。日常に埋没してしまっていたら、その兆しをつかまえることはできません。むしろ、見たくないから見えないという状況にさえなりがちです。その変化の兆しを捉えて、これから来る波に、どう先んじるかが問われているのだと思います。
さらに、郵便は社会インフラであるということを意識すればするほど、実は、それはオープンなプラットフォームでもいいのではないかと思い始めています。世の中にオープンに私たちのプラットフォームを提供し、広く使っていただいて、その中で「さあ、どんなイノベーションができていくのか」ということを楽しく考えながら、自分たちの事業も成長させていくということを考える時期に来ているのかなと思っています。
組織構造を変革し、ソリューション志向を明確にした
そうした環境認識をベースに、2人の経営者は社員に何を語りかけ、どのような手を打ってきたのだろうか。
角倉:2017年4月に、事業部組織をがらっと変えました。ソリューション視点で成長戦略を実行する9つのSolutions Vehicle(SV)と、SVが提供するソリューションに基づいて設定した4つの事業ドメイン(Solutions Unit)からなる新たな経営システムに刷新しました。
Solutions Unitはマテリアル、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)、ヘルスケア、ニュートリションの4つですが、例えば、QOL Solutions Unitは、消費者が便利な生活を送る上でのさまざまな課題に対して解決策を提供する。そのための商品を作るという役割を担っています。
また、ニュートリションは、食糧生産支援が重要テーマです。日本はフードロスが問題の国ですが、世界的に見たら飢餓が重要課題のひとつです。だから、食糧生産を助けるような商品や素材などを作っていこうという決意を新たにしています。
これまで当社は創薬の一翼を担ってきましたが、今度は植物や魚のサプリメントですね。健全に成長を早めるとか、病気に対する抵抗を強くするとかというものです。その方向でも、ようやく成果が生まれつつあるところです。
こうした決意や努力が、最終的に会社のポートフォリオを変革していくイノベーションにつながっていくのだと思っています。
横山さんのお話に、ESG(環境・社会・ガバナンス)の発想があったと思いますが、私たち“メーカー”の発想にもESGが必要で、世の中の課題を解決しながら、自分たちも発展していく必要があると思っています。組織変革は、そのためのものでもあるわけです。
このような組織変革のインパクトは大きかったようで、社員の動きもだいぶ変わってきました。経営と最前線の社員が、同じゴールを共有できたと思っています。そして、お客様にも「カネカはそういうことを目指しているのか」ということをよく理解いただけるようになってきたと思います。
これはある意味、プロダクトアウトからマーケットインへ、またソリューションベースの発想への大変換だと言える。
角倉:プロダクトアウトというのは、ある意味自己中心的なものですよね。「こんなよいものを作ったから、何か使えるだろう」と。そうではなく、お客様の課題を見つけて、「カネカがこの技術でこんなものを作れば、その課題は解決できるのではないか」というふうにニーズ側から見て考える。それが一番だと思っています。
研究開発テーマを決める上でも変化が生まれました。これまでは、「このマテリアルの研究を続ければ、3年後にこんなものができる。それがスマホの中に入って、何十万台と売れたら、売り上げがこうなる」といった計算が先に立つことが多かったと思います。
それをやめて、例えば「5年後のスマートフォンは、こんなものになっているだろう」ということを予想し、それを実現するために私たちが供給できるもの、すべきものを決め、そこから逆算して、今日、何をすべきかを決めるようにしました。大きな変化です。
実際、足元からスタートして計画しても、1年後にはまたゼロから考え直さなければいけなくなることが多いのです。そうではなく、最初にゴールを決めて、その上でそこにたどり着くための計画を決めるというふうに、文化を変えました。
5年後、10年後の姿から考える
横山:先ほども申し上げましたが、残念ながら郵便物は確実に減っています。一方でeコマースが普及したことで、宅配は急激に増えている。私たちのサービスでは「ゆうパック」ですね。
ところが、宅配はどこも人手不足で困っています。人件費は当然、どんどん上がる。それに見合った適正な料金はいただくというビジネスモデルに大転換をする必要があるわけです。これが足元の事情です。
私たちが考えなくてはいけないのは、5年後、10年後の姿です。果たして世の中はどうなっているのだろうと、それを想定した上で、今からどういう準備をしておかなければいけないかを考える必要があるわけです。これはカネカさんと全く同じですね。
私たちは今、新しい経営計画を策定中なのですが、郵便局や郵便制度というのはどうなっていかなければいけないのか、どうありたいのかという観点での議論を徹底的にやっています。
当然、戦略商品であるゆうパック事業についても徹底的に議論しています。こうした議論は、荷物を出される会社の皆さんともやっています。不在配達を減らすことは重要課題で、そのための配送の仕方、梱包や商品形状のあり方などについても検討している最中です。
(後編に続きます)
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