「大企業からイノベーションは興らない」と言われて久しい。「大企業からイノベーションは興らないので、企業を飛び出すべきだ」「スタートアップやベンチャーとの連携に活路を見出すべきだ」とも言われる。本当にそうだろうか?
「イノベーション」の常識を疑え
もちろん、大企業からイノベーションを興すことは難しい。大企業でイノベーションがつぶされる事例は枚挙にいとまがない。だが、イノベーション自体は誰にとっても難しい。ならば、イノベーション自体の難しさと大企業特有のイノベーションの難しさとを区別して議論すべきだろう。さらに、もし大企業からイノベーションが興せないのであれば、ベンチャー企業は大きく成長をしてはいけないことになる。大企業からイノベーションを興す方法論の理解は、既存企業のみならず、ベンチャー企業にとっても重要な課題なのだ。
経済産業省、株式会社WiL、一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)が共同運営している「イノベーション100委員会」では、企業がイノベーションを興すための方法を探るために、変革の思いを持ち、行動を起こしている企業経営者に、2015年から座談会やインタビューでイノベーション経営について議論してきていただいた。
その結果見えてきたのは、「変革を起こす経営者の姿」である。本連載では、変革に向けた挑戦を続けている経営者の皆さんのイノベーションに関わる思いと行動を世界各国の最新のイノベーション事情を交えてお伝えすることにより、日本が技術立国から価値起点のイノベーション立国に脱皮していく一助になればと思う。
世界の潮流:「価値基点」でイノベーションを考える
イノベーションの世界的潮流は、イノベーションから生み出される「価値」を起点にしてものを考えることだ。その根底には、2004年にアメリカで発表された「パルミサーノ・レポート」(注1)で用いられたイノベーションの定義が流れている。
同レポートでは、「イノベーションとは発明(invention)と洞察(insight)の交差点で経済的・社会的価値を生み出すこと」と定義されている。発明単体でもなく、洞察単体でもなく、その交差点で生み出される「価値」がイノベーションというのは非常に重要な考え方だ。その定義に基づくとイノベーションは、新規事業のみならず、本業革新も含むのが妥当だ。デジタル社会が急速に進展していくなかでは、業界を問わず、本業が従来通りの価値を出し続けていくことは益々難しくなっていく。
さらに日本では「イノベーションとは技術革新である」「イノベーションとは発明、発見、アイデアである」と誤解されることが多いが、これはかつて高度経済成長期に生まれたイノベーションの訳語「技術革新」が広く流布したためだろう。しかしながら、いずれも具体的な用途に転用され、何らかの売り上げが計上されるまでは、この定義によるイノベーションは無価値と考えるべきだ。かつて、GEのイメルトCEOから言われた「売れない発明はイノベーションではない」という言葉は示唆に満ちている。
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