全3732文字

封印された「東京宣言」

 大事な交渉に悪影響を与えたくないのだろう。北方領土問題を巡る安倍首相ら政権幹部の発言はここにきて極端に慎重になった。「日本固有の領土」「不法占拠」といったロシアを刺激するような主張が消えた。河野外相にいたっては記者会見で、日ロの平和条約交渉に関する質問を無視して「次の質問どうぞ」と繰り返し、世間のひんしゅくを買った。

 領土問題に関する過去の合意文書や常とう句で、安倍政権が封印したものの中に「東京宣言」がある。

 1993年10月、来日したエリツィン大統領と細川護熙首相(いずれも当時)が署名した宣言で、択捉、国後、色丹島と歯舞群島の帰属問題を歴史的・法的事実に立脚し、法と正義の原則を基礎に解決し、早期の平和条約締結をめざすとした。つまり「4島の帰属問題」の解決を明記した、日本にとって極めて重要な文書だ。

 ところがプーチン政権下で東京宣言を明記したのは、2003年1月、小泉純一郎首相(当時)の訪ロ時に発表した共同声明が最後だ。プーチン大統領は2005年11月に来日して小泉首相(同)と会談したが、この時は領土問題について「第2次世界大戦の結果」と主張し、東京宣言を文書に明記することを拒否した。このため共同声明の採択を見送った経緯がある。

 以来、日ロ首脳の相互訪問がほぼ非公式の形で、かつ共同声明のような公式基本文書がほとんど出ないのは、こうした背景がある。

 ちなみに安倍首相は2013年4月にロシアを公式訪問し、プーチン大統領と共同声明を発表している。その際には「2003年の共同声明」を含む「これまでに採択された全ての諸文書及び諸合意」に基づいて、平和条約締結交渉を進めることで合意したと表記した。一応、東京宣言の有効性をロシアも認めたと日本側が主張できるような内容だが、東京宣言そのものは明記していない。

 過去のいきさつを踏まえれば、プーチン大統領が認める1956年宣言を基礎に交渉を進める以上、東京宣言はひとまず封印するという安倍政権の意図はわからなくもない。ただし、1956年宣言は択捉、国後の2島には全く触れていない。

 プーチン政権は同宣言に明記された色丹、歯舞両島の日本への引き渡しですら「十分な検討が必要」としている。実際の交渉では、第2次大戦の結果、北方領土がロシア領になったと日本側が認める、現地に米軍が永久に駐留しないと文書で確約する、米国製の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の日本配備を撤回する、といった日本側が受け入れにくい条件を次々と掲げ、実質的にゼロ回答を貫く公算が大きい。

 仮にそれでも色丹、歯舞両島の返還にこぎ着けたとしても、プーチン大統領が択捉、国後2島の引き渡しに応じるとは到底考えられない。日本の各種世論調査では1956年宣言を交渉の柱とする安倍政権の路線について、「2島先行返還」という前提で支持する声が多いが、ロシア側が最大限譲ったとしても択捉、国後両島はロシアの主権下で、日ロが共同経済活動をする「2+α」方式での決着がせいぜいだろう。

 その場合、「日本固有の領土」として北方4島の返還を掲げてきた従来の日本政府の主張との整合性が問われることになる。ただし、日本政府が第2次大戦後、一貫して4島返還を求めてきたかというと、そうとは言い切れない面もある。

 歴史の針を少し戻そう。日本は1951年署名、翌1952年発効のサンフランシスコ平和条約で「千島列島」を放棄した。同会議の演説で吉田茂首相は、日本開国当時にロシア帝国は択捉、国後両島が日本領であることに異論をさしはさまなかったと主張した。ただし、択捉、国後の2島は「千島南部」、色丹、歯舞の2島は日本の本土たる「北海道の一部」と述べていた。