謎を深めた大統領と新経済発展相の面談内容

 ウリュカエフ氏は60歳。ソ連崩壊直後にロシアの急進経済改革を進めたガイダル・チームの一員で、2013年から経済発展相を務めていた。改革派の閣僚のひとりだが、政府内でもどちらかというと地味なタイプとされていた。

 対するロスネフチのセチン社長は豪腕タイプ。プーチン大統領のかつての「最側近」であり、政界への影響力も依然大きいとされる。そのセチン社長率いるロスネフチを相手に賄賂を要求すること自体、考えにくいとみる政治専門家も少なくない。バシネフチ民営化の検討段階ならともかく、決着から1カ月以上もたって賄賂を授受するのは極めて不自然と指摘する声もある。

 様々な臆測が飛び交うなか、多くの専門家が事件の背景を探る手掛かりとして注目したのが後任人事だった。ところが、プーチン大統領が経済発展相に任命したのはマクシム・オレシキン財務省次官。34歳という若さを除けば極めて穏当な人事だった。

 しかも11月末、任命時の大統領とオレシキン氏の面談がさらに謎を深めた。

プーチン大統領「あなたは財務省次官になってどれくらいか」
オレシキン氏「ほぼ2年です」
大統領「2年か。それまでは?」
オレシキン氏「財務省の部長です。それ以前は銀行で、対外貿易銀行と国際的な銀行に勤めていました」
大統領「大学の専攻だと、あなたはエコノミストだね」
オレシキン氏「はい」
大統領「それほど長く勤務したわけではないが、もう短いとはいえないし、仕事はうまくやっている。あなたを経済発展相に任命したい」……。

 会話内容から、大統領自らが抜てきした人物ではないことがうかがえる。改革派の経済・財政担当閣僚らがこぞって歓迎していることから、こうした勢力の推薦によるものとみられる。ロスネフチやFSBの関与は感じられない。

 一方でプーチン大統領は、今月初めの年次教書演説で汚職問題にも触れている。抽象的な表現に終始してはいるが、「汚職との戦いはショーではない。専門性と真面目さ、そして責任が要求される」と強調し、大げさに騒ぎ立てる治安機関の行動にクギをさした場面があった。

 これらを総合してウリュカエフ事件を振り返ると、大統領はFSBが主導した同氏の追い落としを黙認したが、FSBの横暴ぶりには閉口し、後任人事で巻き返して政権のバランスをとった、というシナリオが考えられなくもない。

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