読めなくなったプーチン大統領の対日観
共同経済活動が北方領土交渉の焦点も、薄れた対日交渉急ぐ必然性
ロシアのプーチン大統領が来月中旬、山口と東京を訪問する。プーチン氏の大統領としての来日は11年ぶりとなる。戦後70年以上も未解決の北方領土問題を決着させ、日ロが平和条約を締結する道筋はみえてくるのだろうか。
安倍晋三首相とロシア・プーチン大統領は、ペルーでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて会談。その時間は、国際会議の場では異例の約70分に及んだ。(写真:ロイター/アフロ)
「そう簡単ではない」「道は容易ではない」
ロシアのプーチン大統領の来日が来月15日に迫った。北方領土問題を含めた平和条約交渉はどこまで進むのか。それを占う格好の材料とされたのが先日、ペルーでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて開かれた日ロ首脳会談だった。
安倍晋三首相「大きな一歩を進めるのはそう簡単ではない」
プーチン大統領「(平和条約締結の)道は容易ではない」
両首脳は会談後、口裏をあわせるかのように領土交渉の難しさを強調した。来月の大統領来日を成功させるため、両首脳が意図的に期待値を下げる発言をしたとの見方も多いが、果たしてどうだろうか。
ペルーでの日ロ首脳会談は国際会議の場では異例の約70分に及び、うち半分は首脳だけで協議した。首相は「平和条約について腹蔵ない意見交換ができた」と述べた。領土問題でかなり突っ込んだ話し合いをしたようだ。
安倍首相とプーチン大統領による会談はこれで通算15回目。第2次安倍政権の発足から数えても12回目だ。首脳間の個人的な信頼関係も深まり、領土問題も「双方に受け入れ可能な解決策」を実際はかなり詰めているのではないかとの観測が浮上するゆえんだが、プーチン大統領は今回の会談冒頭でやや意外な発言をしている。
「会談を始めるに当たり、われわれが2国間関係を前進させるべく幾つかのメカニズムや手法を再開したことに留意したい」――。大統領はその例として、外務省高官レベルの協議や外相・国防相会談、安全保障担当責任者の会合に加え、安倍首相が提案した「8項目の対ロ経済協力プラン」の具体化作業などを挙げた。
この発言で気になるのが「再開した」という言い回しだ。日ロの関係改善の歩みはまだ端緒についたばかりだと強調し、間近に迫る大統領訪日への日本側の過剰な期待を戒めたようにも受け取れるからだ。
クリミア併合で一歩引いた日本への不信感
大統領はかねて、「高いレベルの相互信頼と協力関係」を領土問題解決の条件として掲げる。とくに中国との国境画定交渉を引き合いに出し、「40年間も交渉を続けた」「最終調印したとき、ロシアと中国は非常に高いレベルの信頼関係にあった」「残念ながら日本とはそのようなレベルに達していない」と、記者会見や有識者会議などの場で繰り返し述べている。
安倍首相との首脳対話も回数は確かに多いが、ロシア側には苦い思いもある。
第2次安倍政権発足後、プーチン大統領は日ロ関係改善に意欲を示す安倍首相との会談に頻繁に応じたものの、ロシアがウクライナ領クリミア半島を併合した2014年春以降、日本側が対話の窓口をほとんど閉じてしまったからだ。
「(領土問題で)妥協するには恒常的で途切れることのない対話が必要だ。しかし日本はある段階で、我々との接触を制限する決定を下した」
こう断じて日本への不信感を強めていた大統領は恐らく、安倍首相がソチを訪問した今年5月の首脳会談で、ようやく交渉のスタート台に戻ったと認識しているのだろう。その意味では、関係改善の歩みは端緒についたばかりなわけだ。
もちろん、プーチン大統領も平和条約の締結には前向きだ。ペルーでのAPEC首脳会議後の記者会見では、両国間にいまだに平和条約がないのは「時代錯誤だ」とし、「ロシアも日本も条約の締結を望んでいる」と述べている。
ただし、北方領土は「第2次世界大戦の結果、現在はロシアの主権下にあるロシアの領土だ」と強調。平和条約締結後の歯舞、色丹両島の日本への引き渡しを明記した日ソ共同宣言が1956年に締結されているが、「その2島にどちらの主権が残り、どのような条件で引き渡すか明記されていない」と指摘した。
一方で、国後、択捉両島も含めた北方4島の帰属問題の解決を主張する日本の立場も承知しているとし、「すべて交渉の対象になる」としている。
協議内容の一部を明かしたプーチン大統領の思惑
日ソ共同宣言の有効性は認めつつも、2島の主権の問題を含めてすべて交渉次第とする大統領の主張は従来と変わらない。この会見で注目されたのは、領土問題をめぐる安倍首相との協議内容の一部を明かしたことだろう。
大統領は「我々は今回の会談でも、島々でどのような事を共同でできるかを話し合った。これは経済、人道的な問題の解決策だ。ただ最終的な合意はないので、この話をするのは時期尚早だ」と表明。北方領土での共同経済活動が交渉の焦点のひとつになっていることを認めたのだ。
北方領土での共同経済活動は、ロシア側がエリツィン政権時代から日本に提案してきた。日本に優先的な権利を付与し、日ロ合弁で工場を建設したり、共同で観光、水産加工、地熱発電事業などを展開したりすることを想定したものだ。プーチン政権も推進に前向きで、進出企業に税制面などの優遇策を付与するほか、日本のビジネスマンなどにロシアのビザ(査証)取得を免除する案なども検討しているとされる。
日本側はこれまで、北方領土の帰属問題が未解決のまま応じれば、ロシアの主権を認めることになるとして拒否してきた。しかし、ロシアのラブロフ外相は9月、極東ウラジオストクで開いた日ロ首脳会談時にその概要をブリーフした際に「日本のパートナーたちは単に共同経済活動にとどまらず、人的・人道交流も含めて話し合う用意があるような印象を受けている」と語っている。
今回の大統領の発言も踏まえて察すると、直近の複数の首脳会談で共同経済活動が継続的に取り上げられているのは間違いないようだ。
安倍首相は5月のソチ会談で「新たな発想に基づくアプローチ」を打ち出し、交渉の加速をめざしてきた。両国が「双方に受け入れ可能な解決策」の模索で合意している以上、日本が「北方4島の日本の帰属確認」という従来の主張を一歩も譲らなければ、交渉は一向に進まないという思いもあったのだろう。
日ソ共同宣言と共同経済活動の組み合わせか?
では、大統領これまでの主張、ロシア側の提案を踏まえたうえで、日本側がどのような解決策を模索しているのか。あくまでも想像の域を出ないが、想定されるひとつのシナリオは、日ソ共同宣言と共同経済活動の組み合わせだ。
つまり、日ソ共同宣言に基づいて歯舞、色丹両島を日本に引き渡してもらい、国後、択捉両島は共同経済活動によって日本人の往来、現地での日本企業のビジネスなどを自由にする――というシナリオである。
ただし、仮にこうしたシナリオに近い線で動いているとしても、交渉の進展は容易ではない。大統領は日ソ共同宣言の履行に高いハードルを設けているからだ。共同経済活動にしても、北方4島すべてを対象に帰属問題を棚上げしたまま着手し、まずは日本の関心と関与の度合いを試そうという思惑があっても不思議ではない。
そもそもプーチン大統領は前述したように、日ロはまだ「高いレベルの信頼関係」に至っていないとみなしている。安倍政権は「8項目プラン」に基づく大規模な対ロ経済協力をテコに信頼関係を強めようとしているが、ロシア側はまだその具体的な恩恵を実感できていない。
ペスコフ大統領報道官によると、プーチン大統領はペルーでの首脳会談で「今年上半期の日ロの貿易領が前年同期に比べて36%も減った」と苦言を呈した。肝心の経済分野ですら「信頼関係」にはほど遠いということだろう。
ちなみに大統領は貿易額減少の一因として、第三国による政治的圧力の影響を挙げたという。「米国に追随する日本」というイメージも相変わらず拭えないのかもしれない。
トランプ次期米大統領、日ロ交渉にマイナスの恐れ
当の米国では先の大統領選で、ロシアとの関係修復に前向きな共和党候補のドナルド・トランプ氏が当選した。冷え込んだ米ロ関係が改善する可能性が出てきているが、日ロの平和条約締結交渉には多少マイナスに響く恐れがある。
ウクライナ危機に端を発した欧米の対ロ圧力を、主要7カ国(G7)の一角である日本への接近で突き崩そうというロシア側の動機が薄れるからだ。もちろん、トランプ次期政権が実際にどのような外交政策を展開するかによるが、プーチン政権が日ロ交渉を急ぐ必然性は一段と薄れたとはいえる。
こうしたなかロシア太平洋艦隊の機関紙は、国後、択捉の両島に新型の地対艦ミサイル「バル」「バスチオン」がそれぞれ配備されたと報じた。手ごわいプーチン政権との交渉は一筋縄ではいかない。来月の首脳会談でどの程度の成果が得られるかはともかく、相当な忍耐をもって粘り強く交渉を続けていく覚悟が試されそうだ。
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