「会談場所」めぐるやり取りでロシアが憤慨

 話を戻そう。米ロ首脳会談が見送られたことで、ロシア側は当然のことながら怒った。記者団に理由を聞かれたラブロフ外相は「トランプ米大統領はプーチン大統領と会いたいと自ら言っていた。彼(トランプ大統領)を取り巻く小役人どもが何を言ったか、私は知らない。答えることもできないので、米側に聞いてくれ」と述べ、米国への不満をあからさまにした。

 「原因は米国側の硬直的な対応にあった」――。ロシアのペスコフ大統領報道官は後日、一連の経緯を明らかにした。それによると米側は今回、会談可能な時間と場所をひとつだけ提示しただけで、ロシア側の再三の要請にもかかわらず、他の選択肢は一切示さなかったという。

 とくにロシア側を憤らせたのは、会談場所の問題だった。前回の7月、ドイツ・ハンブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会議の際に開いた米ロ首脳会談は、米側が賃貸した場所で実施した。今回は外交儀礼上、ロシア側が用意した場所で会談すべきなのに、米側は今度もまた自国が賃貸した場所での実施に固執したというのだ。

 米国では昨年の米大統領選への介入疑惑を含め、トランプ大統領周辺とロシアとの不透明な関係を巡る「ロシアゲート」疑惑が大きな政治問題となっている。先にトランプ陣営の元選対会長らが起訴されたばかりだ。日程や儀典問題はともかく、今回、ベトナムでの米ロ首脳会談が見送られたのも、プーチン氏と親密な関係だと勘繰られ、ロシア疑惑に火に油を注ぐ事態を避けようとするホワイトハウスの意向が背景にあったとされている。

 とはいえ、両国関係の決裂を際立たせるような事態は米ロとも避けたかったようだ。トランプ、プーチン両大統領は結局、APEC首脳会議の期間中に3回にわたって非公式の「立ち話」をし、米ロ両政府はその成果としてシリア情勢に関する「米ロ大統領の声明」まで発表した。

 声明は過激派組織「イスラム国」(IS)掃討への決意、シリア紛争の政治解決の必要性などを強調した。プーチン大統領はAPEC首脳会議閉幕後の記者会見でこの声明に触れ、米ロの専門家や両外相が舞台裏でまとめた「重要な文書だ」と指摘。特にテロとの戦いの継続、シリアの領土の統一性と国家主権を米ロで確認した意義は大きいとした。

 もっとも、声明の発表で体裁を取り繕い、米ロの公式首脳会談が実現しなかった衝撃を緩和しようとしたとの疑念は拭えない。プーチン大統領は公式会談の見送りについて、トランプ氏と自分の日程と外交儀礼上の手続き調整がうまくいかなかったからだと指摘。担当者は「罰せられることになろう」と冗談とも本気とも受け取れるような発言をした。このため、大統領は内心ではかなり激怒していたのではないかとの臆測も浮上している。

 ロシアとの関係改善に前向きなトランプ大統領が就任して1年近くになるのに、米ロの首脳会談はこれまで1回しかない。7月のG20首脳会議の際に開いただけだ。米国でロシアゲート疑惑が収束する気配は一向になく、ロシアでも米ロ関係改善への意欲がかなり薄れているものの、今回のAPEC首脳会議は2回目の首脳会談を開く格好の機会だった。しかも、会談への期待を最初に表明したのは、他ならぬトランプ大統領だった。米国にはしごを外されたと、ロシアが憤慨するのも当然かもしれない。