こうしたロシアの“クリントン嫌い”の一因として、同氏が選挙戦で展開したサイバー攻撃をめぐる対ロ批判が影響していることは疑いがない。ペスコフ大統領報道官などが「ばかげた話だ」とロシア政府の関与を否定したにもかかわらず、執拗にロシアを攻撃していたからだ。

 もっとも米政府は、民主党全国委員会へのサイバー攻撃やクリントン陣営のメール流出などに、「コージーベア」「ファンシーベア」と呼ばれるハッカー集団が関与しているとし、ロシアの情報機関などが「米大統領選を妨害するために仕掛けた」と非難する声明を発表している。クリントン陣営の展開した対ロ批判が、あながち根拠のない話でないことにも留意する必要があるだろう。

クリントン国務長官時代の苦い思い

 ロシア政府の関与の有無はさておき、プーチン政権が内心でトランプ氏の当選を歓迎しているのは確かのようだ。その最大の理由はやはり、「新冷戦」と呼ばれるほど冷え込んだ現在の米ロ関係が、米国の政権交代によって改善する期待が芽生えてきたことだろう。

 「米国第一主義」を掲げるトランプ氏は、“世界の警察官”として世界秩序の形成に積極的に関与してきた従来の米国の指導者とは明らかに違う。「同盟国には米軍の駐留経費をより負担させる」といった主張はその最たるものだ。

 プーチン政権が最も毛嫌いしているNATOの軍事的脅威にしても、トランプ氏は冷戦時代に創設された「NATOは時代遅れ」と断じて物議をかもしたことがある。ちなみに、かつてNATOの東方拡大の第1弾として1999年のチェコ、ハンガリー、ポーランドの加盟を主導したのは、当時のビル・クリントン米大統領。クリントン候補の夫である。

 トランプ氏はプーチン大統領とは面識がないものの、「彼は賢い」と評している。米ロの対話にも前向きだ。ロシアによるクリミア半島の併合に関しても「クリミアの人々はロシアと共に居ることを望んでいるのではないか」と述べ、併合を容認するかのような立場も示していた。選挙戦の発言からみるかぎり、トランプ氏はロシアにとっては願ってもない候補者だったわけだ。

 確かにクリントン氏もオバマ政権の初期に国務長官を務め、米ロの関係改善を促す「リセット」外交を主導した経緯はある。ただ、当時のリセットは米ロの新戦略兵器削減条約(新START)交渉をまとめるのがほぼ唯一の目的で、いわばオバマ大統領が唱えた「核兵器なき世界」の成果を内外にアピールするために利用されただけ、との苦い思いがロシアには根強くある。

 現にオバマ政権は新START発効後、ロシアが強硬に反対してきた欧州でのミサイル防衛(MD)計画を着々と進め、今年5月にはルーマニアで地上配備型の迎撃ミサイル発射基地の運用も始めた。さらに、ウクライナ危機では強硬な対ロ経済制裁を先導し、シリア情勢をめぐっても米ロの停戦協議が決裂すると、新たな対ロ制裁をちらつかせる事態に至っている。