ロシアの知識層の間で今、大きな関心を集めている話題がある。世界的にも名を知られた演出家の突然の逮捕劇だ。前衛的な作品を得意とし、社会風刺や政権批判もいとわない芸術家だけに、政権による弾圧との見方が出ている。
8月22日に拘束されたロシアの演出家セレブレンニコフ氏(写真:AP/アフロ)

 ロシア連邦捜査委員会は8月22日、ロシア第2の都市サンクトペテルブルクのホテルで著名な演出家キリル・セレブレンニコフ氏(48)を拘束した。映画監督としても知られる同氏は当時、旧ソ連の民主化・変革を促したとされる伝説のロック歌手ビクトル・ツォイを主題にした映画「夏」を撮影中だった。

 当局はセレブレンニコフ監督を直ちにモスクワに移送。長時間にわたる取り調べの後、ソ連時代は政治犯収容所として恐れられた刑務所「マトロスカヤ・チシェナ」に拘置した。国内の舞台監督や演出家、俳優らが嘆願書を出したり、保釈金を用意したりしたものの、モスクワの裁判所は翌日の8月23日、10月19日までの自宅軟禁を早々に言い渡した。

 セレブレンニコフ監督にかけられたのは詐欺容疑。少なくとも6800万ルーブル(約1億3000万円)に上る国家資金を横領・着服したというのだ。最大10年の懲役刑が科せられる恐れがあるという。

 監督の本職はモスクワの劇場「ゴーゴリ・センター」の芸術監督だ。チャレンジ精神の旺盛な同監督らはロシアの現代芸術を発展させ、人気を高めるための「プラットフォーム」企画を考案した。これに賛同したロシア文化省は2011年から2014年にかけて、総額2億1400万ルーブル超の資金を連邦国家予算から供与した。

 企画を実現すべく、監督は新たに「第7スタジオ」を新設。「ゴーゴリ・センター」の前支配人らを幹部に招くとともに、自らは芸術監督になっていた。捜査当局は今回、監督らがあたかもこのプロジェクトを進めているようにみせかけて「第7スタジオ」と関連企業などとの架空契約を結び、多額の国家資金を着服したとみなしたのだ。

プーチン政権の腹いせか

 前兆はあった。今年5月中旬、連邦捜査委と連邦保安局がゴーゴリ・センターやセレブレンニコフ監督の自宅などを家宅捜索したからだ。連邦捜査委はスタジオ幹部による詐欺容疑に関連したものだと説明。その後、「第7スタジオ」の前支配人や会計責任者らが逮捕された。セレブレンニコフ監督は身柄を拘束されなかったものの、外国に逃亡する恐れがあるとしてパスポートを取り上げられていた。逮捕はいわば、時間の問題だったともいえる。

 監督は当時から容疑を全面的に否認してきた。今回、逮捕の翌日に裁判所に出廷した際も、「私の仕事は芸術監督であり、この国家プロジェクトで私が責任を負っているのはあくまでも芸術の内容にかかわることだ」と強調。「国の資金を悪用したり、悪用しようと画策したりしたことは一度もない」「私に罪はない。私は誠実な人間だ」などと語り、自らの潔白を主張した。