フィンランドの首都ヘルシンキで7月16日、トランプ大統領とプーチン大統領による米ロ首脳会談が開かれた。冷戦後最悪といわれるほど関係が悪化するなか、1年ぶりで実質2回目となる両首脳の会談に世界の注目が集まったが、大きな成果があったとは言い難い。
トランプ大統領とプーチン大統領は首脳会談で固い握手を交わしたが……(写真:ユニフォトプレス)
米朝首脳会談に続く成果を求めたトランプ氏
2016年の米大統領選で、ロシアによる介入はなかった――。このひと言をプーチン大統領の口から直接、記者会見で表明してもらうためにトランプ大統領が設定した首脳会談だったといっても過言ではない。
両大統領は昨年7月、ドイツ・ハンブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会議の場で初の首脳会談を開いたものの、次の本格的な会談のメドは長らくたっていなかった。米大統領選への介入疑惑によって、ロシアへの反発が米国内でかなり根強いためだ。
そんな中、プーチン大統領が今年3月のロシア大統領選で再選を決めると、トランプ大統領はすかさず、当選を祝福する電話を入れた。ロシアのウシャコフ大統領補佐官によると、トランプ氏はその際に、プーチン氏をホワイトハウスに招待したいと述べ、早期の首脳会談実現への期待を表明した。
ただし、トランプ氏の招待に安易に応じて米国入りしても、米国内でロシア非難の声が一段と高まるだけで外交上得策でないことは、プーチン政権もよく分かっている。半面、国際会議の場ではなく、本格的な首脳会談を早期に行いたいとの意向はロシアにもあり、欧州の第三国での実施を打診していた。
具体化への動きは6月に入って加速化した。カナダのシャルルボアで開かれた日米欧の主要7カ国(G7)首脳会議の直前、トランプ大統領は「G7の枠組みにロシアを復帰させるべきだ」と突然表明し、ロシアに秋波を送った。
トランプ大統領は6月12日には、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長との史上初の米朝首脳会談をシンガポールで開いた。世界の注目が集まった歴史的な会談の「成功」に気を良くしたトランプ氏は、次なる外交成果をアピールすべく、今度はプーチン大統領との首脳会談に再び意欲を燃やした。
米政府は6月末、首脳会談の日程や場所を詰めるべくボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)をモスクワに派遣。プーチン大統領、ラブロフ外相らと会談し、フィンランドのヘルシンキで7月16日に首脳会談を開くことを決めた。
ロシア側は当初、オーストリアの首都ウィーンでの首脳会談を求めていたが、米側が拒否した。今年3月に英国で起きた神経剤を使ったロシア元情報機関員の暗殺未遂事件を受け、米欧の多くの国々がロシア外交官を国外追放したのに、オーストリアがこれに同調しなかったのが理由という。
共同声明を含めた成果文書は発表せず
会談場所だけではない。今回は国際会議の場ではなく、米ロ首脳会談だけを目的にした「初の本格的な会談」となるだけに、ロシア側は共同声明を発表して相応の体裁を整えるべきだと主張。声明の柱に核軍縮を掲げ、2021年に期限を迎える米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の5年延長を盛り込む案まで打診したとされる。
ところが結果は周知の通りだ。トランプ、プーチン両大統領による会談は、会談時間こそ4時間近くに及んだが、共同声明を含めた成果文書の発表はなかった。新STARTの延長を含め、世界の注目を集めるような合意もなかった。
それでも伝統的な米ロ首脳会談の重みを誇示したかったのだろう。会談後の共同記者会見では、プーチン大統領が「我々は巨大な核大国として、世界の安全に特別な責任を負っている」と表明。米ロの核軍縮に向けて具体的な提案をしたと述べるとともに、両首脳が国際テロとの戦い、シリア情勢や北朝鮮、イランの核問題など様々な懸案を話し合ったと強調した。
ところが米国人記者の質問は米大統領選へのロシアの介入疑惑に集中し、共同記者会見も大半をこの問題に割かざるを得なかった。首脳会談の直前、米国でロシアゲート疑惑を捜査するモラー特別検察官が、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)に所属する12人を選挙介入の疑いで連邦大陪審に起訴したことも大きく影響した。
「プーチン大統領は2016年の米大統領選に全く介入していないという。トランプ大統領、あなたは米司法当局とロシアのどちらを信用するのか」――。記者会見ではこんな質問まで飛び出した。しかも、トランプ大統領が「プーチン大統領は今日、非常に強い調子で否定した」と返答して事実上、ロシアに軍配を上げたことから、米国内で激しい批判を浴びてしまった。
ロシアによる選挙介入疑惑は米国では大きな関心事だけに、プーチン大統領も無視できない。共同記者会見では冒頭演説で「トランプ大統領が会談で何度も提起した」と明かすとともに、「ロシア政府は選挙プロセスを含めた米国の内政問題に一度も干渉したことがないし、これからも干渉するつもりはない」ときっぱりと言い切った。
しかし、介入疑惑をめぐる質問が繰り返されるなか、プーチン大統領も次第にいらだちを抑えられなくなったようだ。疑惑をめぐる様々な話題を自ら持ち出して、激しく反論するようになった。
例えば、米大統領選で偽情報などを流して民主党のヒラリー・クリントン陣営に不利になるように選挙工作したとして、今年2月に米連邦大陪審がロシア企業3社とロシア人13人を起訴した件。ロシアでレストランを経営する実業家で、「プーチンの料理人」とも称されるエブゲニー・プリゴジン氏や、同氏傘下の企業が起訴されたが、プーチン大統領は「彼らはロシア政府の代表者ではない」と一蹴した。
逆に、「米国にはどこでも介入する億万長者が山ほどいる」と指摘。一例として米著名投資家のジョージ・ソロス氏を挙げ、「果たして彼らは米政府の立場を代弁していると言えるのか。個人の立場でしかないはずだ」と反論した。
G8を重要視しないロシア市民
プーチン大統領はさらに、米国人の投資家ビル・ブラウダー氏も名指しで批判した。同氏は投資ファンド「エルミタージュ・キャピタル・マネジメント」の創業者で、かつて対ロシア投資で巨額の富を築いたとされる人物だ。
プーチン大統領は「ブラウダー氏らはロシアで非合法に15億ドル以上を稼ぎ、ロシアでも米国でも税金を払わずに、カネを米国に持ち込んだ」と言明。米大統領選では、こうした非合法なカネの一部がクリントン陣営の選挙キャンペーンに使われたと述べた。しかも、この「非合法なディール」に複数の米情報機関員が加担した証拠があると豪語した。
ブラウダー氏がかつてロシアで契約していた弁護士の中に、ロシア官僚の不正・腐敗を追及して獄中死したセルゲイ・マグニツキー氏がいた。米国ではその後、ロシアで人権侵害に関与した人物に制裁を科す「マグニツキー法」が施行されたが、同法の採択を米議会に強く働きかけたのがブラウダー氏だ。
ロシアにとってはまさに天敵ともいえる人物だが、大統領が記者会見の場で一民間人まで名指し批判したのは、さすがに行き過ぎとの声も出ている。少なくとも、米大統領選への介入を否定する根拠になったとは言い難い。
肝心のトランプ氏は米ロ首脳会談の直後、米大統領選への介入疑惑でプーチン氏に加担した自身の発言を「言い間違えた」と修正するなど、早くも火消しに追われている。両首脳が疑惑を否定すればするほど逆効果となり、米国内では今回の会談をきっかけに、介入疑惑がむしろ深まったといえる。プーチン大統領にとっても、失うほうが多い会談だったといえるだろう。
そもそも、トランプ氏がいくらロシアとの関係改善に前向きだといっても、ロシアにとってのメリットは、現状ではほとんどない。
ロシアにとってのG8の地位
(出所:レバダ・センター)
例えばトランプ氏が唱えるロシアのG8への復帰問題。ロシアの民間世論調査会社レバダ・センターが6月末に実施した調査によれば、「G8の地位は重要だ」とみなす市民はすでに過半数を割っている。プーチン大統領自身、むしろ中国やインドなども参加するG20の枠組みを重視するとしており、ロシアにとってG8復帰はもはや魅力的ではない。
トランプ流外交は、経済では決して譲歩しない。米ロ首脳会談に先立つ北大西洋条約機構(NATO)首脳会議では、ロシアとの新たな天然ガスパイプライン建設を進めるドイツのメルケル首相を批判。米ロ首脳会談でも米国産液化天然ガス(LNG)を欧州市場で売り込むため、ロシアと競争すると公言した。
そのトランプ氏は米ロ首脳会談後の直後、プーチン大統領を今秋にワシントンに招待する意向を再び示し、米国内で物議をかもした。ロシアも受け入れるかどうかを留保した。米議会や世論の激しい反発を踏まえればトランプ氏の裁量権は乏しく、外交的な成果が乏しい会談になるのは目に見えているからだ。やはりというべきか。ホワイトハウスはその後、次の米ロ首脳会談を来年以降に延期すると発表したが、トランプ氏の秋波はプーチン大統領にとって、ありがた迷惑になりつつある。
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