ロシアが立つ、期待と懸念の狭間

 では、肝心のロシアに与える影響はどうなのか。

 プーチン大統領は「我が国にも当然、影響を与える」とし、「動向を注意深く分析し、我が国の経済に与える負の影響を最小化するよう努めていく」と述べた。ウクライナ危機をめぐるEUの対ロシア経済制裁の緩和に結びつくのではないかとの観測については「そうは思えない」と断じた。ただし、国内経済の低迷が深刻なこともあり、EU側がいつの日か制裁問題で建設的な対話をしてくることを「切に望む」と期待もにじませている。

 政治経験が豊富な大統領だけに、無難な受け答えに終始したといえるだろう。
とはいえ、ロシア国内では制裁を続けるEUへの不信感も根強く、“EUの分裂”につながりかねない英国の離脱選択を歓迎する向きは多い。現にロシア議会で民族派の代表格ともいえるロシア自由民主党のジリノフスキー党首は「英国は正しい選択をした」と豪語したという。

 議会上院のコサチョフ外交委員長は、ロシアの対外貿易の5割近くがEUだけに「EU内部の衝撃は貿易・経済関係に否定的な影響を及ぼしかねない」と指摘。その一方で長期的には、「適切な改革の結果、EUがより非政治化され、ロシアを含む外部のパートナーとより柔軟で開かれた協力関係を築く可能性がある」と、前向きに受けとめるコメントをロシア紙に出している。

「ロシアを利する」論の根拠

 こうした中、内外で話題を呼んでいる論文がある。

「Brexit(英国のEU離脱)はなぜ、プーチンの勝利なのか」

 米国のマクフォール前駐ロシア大使が投票結果の判明直後、ワシントン・ポスト紙に掲載したものだ。前大使は「プーチン大統領はもちろん、英国の投票に影響を及ぼしていないが、彼と彼の外交路線にとって得るものは非常に大きい」と言明。とくに、ロシアの欧州での侵攻行為に最も批判的で、米国の代弁者だった英国がEUから離脱する影響の大きさを挙げた。

 また、ルペン党首率いるフランス極右政党の国民戦線には「クレムリンに近いロシアの銀行」が資金支援しており、こうした勢力による親プーチン、反EU運動が欧州内で強まる懸念も強調した。さらに、ウクライナで親欧米派がEU加盟を求める根拠が希薄になる恐れや、ロシアが旧ソ連圏で主導する「ユーラシア経済同盟」という経済圏づくりが短期的に勢いを増す可能性などにも触れ、英国のEU離脱が「ロシアを利する」理由を列挙している。

 確かに、ロシアと欧米の関係悪化を決定づけたウクライナ危機は、EU接近か、ロシア接近かというウクライナ世論を二分した国内対立が発端だった。当時のヤヌコビッチ政権が結局、EUとの連合協定調印を延期して親ロ寄りに路線修正したことで親欧米派の市民らが決起し、同政権が倒された経緯がある。

 ロシアはこの過程で、ヤヌコビッチ政権に相当な圧力をかけたとされるが、その狙いのひとつが「ユーラシア経済同盟」にウクライナを加盟させるためだったとされる。

 結局、ウクライナでは親欧米派が政権を握り、ロシアの思惑通りにはいかなかった。それでも英国のEU離脱の衝撃により、ウクライナのEU接近に多少なりとも歯止めがかかるとみているのは確かだろう。

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