ミサイル発射でも「直接的な脅威はなかった」

 しかも北朝鮮が5月14日、中長距離弾道ミサイル「火星12」と称して北西部から発射した弾道ミサイルは、ロシア極東の近海に落下した。北朝鮮の核・ミサイル開発はロシアにとっても脅威となるはずなのに、なぜプーチン政権は北朝鮮との融和路線に舵を切ろうとしているのか。

 恐らく3つの理由があろう。第1に対米けん制、第2に国際社会で主要プレーヤーの立場を誇示する思惑、そして第3に経済的利益だ。

 まずは対米けん制。北朝鮮が「火星12」を発射したのは、中国が主導する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の初めての国際会議が北京で開幕する日だった。プーチン大統領も参加するために北京を訪れた。

 そのタイミングに合わせたような挑発だった。かつミサイルがロシア近海に落下したため、北朝鮮が中ロも威嚇したのではないかとの観測も流れた。

 米ホワイトハウスは「ミサイルはロシアの領土に近いところに落ちた。実際、日本よりロシアに近い。(トランプ)大統領はロシアがこれを喜んでいるとは思っていない」との声明を発表。あえてロシアに言及し、ロシアにも暗に北朝鮮への制裁強化に同調するよう求めたのは記憶に新しい。

 ところがプーチン大統領は「一帯一路」会議後の記者会見で、ミサイル発射直後にショイグ国防相から情勢分析の報告を受けたとした上で、「発射による我々への直接的な脅威はなかった」と強調した。

 大統領は「(発射は)もちろん紛争を助長する。何も良いことはない」「核やミサイルの実験は容認できない」などと、北朝鮮の挑発を戒める発言も繰り返したが、同時に世界では最近、「国際法の深刻な侵害と他国の領土や体制転換への干渉」が目に付くと言明。名指しこそしなかったが、北朝鮮に軍事的圧力を強める米トランプ政権を批判した。

 ロシアがとくに警戒しているのが、米国による北東アジアでのミサイル防衛システム展開の動きだ。米韓はすでに米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の韓国配備を進めているが、ロシアは中国とともに強く反発している。米国は北朝鮮の脅威への対処が狙いとするが、実際は中ロを標的にしたもので、自国の安全保障体制を脅かすとみているからだ。

 またトランプ政権は今年4月、ロシアが後ろ盾となっているシリアのアサド政権軍を巡航ミサイルで攻撃した。同政権による化学兵器使用疑惑を受けたものだが、ティラーソン国務長官は北朝鮮への警告の意味もあったとしている。

 ロシアは当然のことながら、米国のシリア攻撃は「国際法違反」(プーチン大統領)だと反発した。アサド政権が化学兵器を使用したとする根拠を示さず、国連安全保障理事会の決議もなく独断で攻撃した点を批判したわけだ。こうした米国の軍事行動は2003年のイラク戦争以降、プーチン政権が常に問題視してきたことだ。米国の北朝鮮への軍事的威嚇をけん制するのは、積もり積もった米国不信も背景にあるようだ。

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