ロシアの「歌姫」の出演を巡り欧州が大騒動
ロシアは当然ながら反発した。ロシア外務省のカラシン次官は「明らかに破廉恥で非人道的な行動だ」と、ウクライナ政権の対応を厳しく批判した。ロシア大統領府のペスコフ報道官も遺憾の意を示すとともに、今年のユーロビジョンの準備を進める組織委員会の運営のまずさに苦言を呈した。
慌てたのは欧州放送連合だ。「統合と非政治を掲げ、すべての国が共に友好的に競うというユーロビジョンの使命を軽視した」とウクライナ政府の対応を厳しく批判した。その一方で、双方に妥協策を模索するよう求めた。キエフの会場ではサモイロワさんの歌は生放送による映像で紹介する、あるいはロシア側が代表歌手を変更するといった案も出された。
しかし、ロシア側はこうした代案をすべて拒否。第1チャンネルはロシア代表の今年の参加をボイコットするとともに、ユーロビジョンの国内でのテレビ中継もしないことを決定した。同時に、来年のユーロビジョンもサモイロワさんをロシア代表として送り込むと早々と表明している。
ユーロビジョンの放映をしないと、翌年の歌謡祭に自国代表が出場できなくなる恐れがある。参加国はテレビ中継が義務化されているためだ。欧州放送連合はキエフでの大会終了後にロシアへの対処方針を検討するという。
それにもかかわらず、ロシアが強硬姿勢を貫くのはなぜか。ウクライナ政府の「非人道的」な対応とともに、昨年来のユーロビジョンへの不信感も大きな要因になっているようだ。
昨年、スウェーデンのストックホルムで開かれたユーロビジョン。ロシアが代表として送り込んだ歌手はセルゲイ・ラザレフ氏で、下馬評では優勝候補の筆頭にあげられていた。最終戦でも予想通り、視聴者投票ではトップの得票を獲得した。しかし、審査員の投票を加えた総合得票で3位に沈んでしまった。
優勝をさらったのはウクライナ代表の女性歌手ジャマラさんだった。ジャマラさんはクリミア出身のタタール人で、大会で熱唱した歌「1944」は祖母から聞いた話をもとに、旧ソ連のスターリン時代にクリミアから追放された先住民のタタール人の悲哀を訴えたものだった。
ロシア国内でも賛否が分かれる
ユーロビジョンは政治的な歌を禁止しており、ジャマラさんの歌にも今のロシアを批判するような内容は含まれていない。だがロシア側は、この歌がプーチン政権による2014年のクリミア併合を連想させ、対ロ批判の国際的な風潮がジャマラさんの優勝を後押ししたとみた。
もちろん、ラザレフ氏が優勝できなかった恨みもあっただろうが、ロシアでは政界関係者を中心に、昨年のユーロビジョン閉幕直後からボイコットを主張する声も出ていた。対するウクライナ側も早々に「ロシアは自国の侵略政策を支持しない歌手を代表に選出すべきだ」とけん制し、水面下での小競り合いが続いていた。それが結果的に、最悪の事態となってしまったわけだ。
ただ、ロシアの世論は割れている。民間の世論調査会社レバダ・センターが最近実施した調査によると、ロシアがユーロビジョンのテレビ中継を取りやめることについて、「賛成」は40%、「反対」は41%だった。
一方、原因となったクリミア併合に関しては「ロシアにとって利益のほうが多い」との回答が6割を超え、「損害のほうが多い」を大幅に上回っている。
昨年のユーロビジョン最終戦のテレビ中継は全世界で2億人以上が視聴し、このうちロシアの視聴者は550万人以上に上ったという。ロシア国民にとっても、ユーロビジョンは人気のある国際歌謡番組だ。
クリミア併合まで否定するつもりは毛頭ないが、娯楽の世界にまで政治対立を持ち込んでほしくない、というのがロシア国民の本音ではないだろうか。
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