圧勝で“マンネリ”の懸念を払拭

 大統領府はかねて、プーチン再選戦略として投票率、得票率いずれも70%台の達成を暗黙の目標に掲げていた。投票率こそ7割に満たなかったものの、全有権者の過半数の支持を集めたことで、通算4期目の政権を担う正統性を十分に確保したといえるだろう。

 投票結果を詳細に分析すると、2012年の前回大統領選との違いがいくつか浮き彫りになってくる。最大の特徴は、有権者の多い都市部で軒並みプーチン氏の得票率が上昇したことだろう。

 とくに前回の2012年の大統領選で、プーチン氏の得票率が47%と過半数に達しなかったモスクワでは今回、70.9%まで伸びた。第2の都市サンクトペテルブルクでも、前回の58.8%が今回は75%に達した。

 このほか、エカテリンブルクが56.9%→73.9%、ニジニノヴゴロドが60.6%→76.2%、チェリャビンスクが60.6%→72.1%、サマラが59.7%→75.3%といった状況だ。こうした都市部での票の大幅な上乗せが、プーチン氏を圧勝へと導く原動力となった。

 もちろん、カバルダ・バルカル共和国(プーチン氏の得票率は93.38%)、チェチェン共和国(91.44%)など、伝統的にプーチン氏の人気が高いカフカス地域、あるいはロシアが2014年に併合したウクライナ領の「クリミア共和国」(92.15%)のように、得票率が90%台を超えた連邦構成主体も少なくない。

 半面、地域別でプーチン氏の得票率がもっとも低かったのはサハ共和国(64.38%)。以下、アルタイ地方(64.66%)、沿海地方(65.26%)、ハバロフスク地方(65.78%)、サハリン州(66.92%)と続き、主に極東・シベリア地域での得票が伸び悩んだ。とはいえ、今回はプーチン氏の得票率が5割を切る自治体はひとつもなかった。

 プーチン氏は首相時代も含めてすでに18年近くもトップの座に君臨し、次の任期でさらに6年がプラスされる。さすがに長期政権のマンネリズムへの不満が国内で広がって当然のようにみえるが、今回の選挙は国民の根強いプーチン人気を改めて実証する結果となった。

 もちろん、プーチン氏圧勝の裏には政権側の様々な仕掛けもあった。ひとつは投票率、得票率を上げるための工作だ。

 プーチン大統領は大統領選投票日の2日前の3月16日、急きょテレビに出演し、「わが国がどのような道を歩むのか。ロシアとわが子どもたちの未来は、ロシアの国民一人ひとりの意思に左右されるのです」と国民に訴えた。

 プーチン氏は続けて「我々は一人ひとりが皆、わが祖国の行く末を考え、案じていることでしょう。ですから皆さん、日曜日には投票所に来て、偉大な祖国、愛すべき我がロシアの未来を選択する権利を行使してください」と投票を呼びかけたのだ。現職大統領としての要請ではあるが、自らも出馬する大統領選への投票を呼びかけること自体、極めて異例だ。

 政権側は同時に、国家公務員、国営企業や国営銀行の従業員、軍関係者などに対し、投票に行くように半ば強要したとされる。国家機関や企業によっては、投票所に出向いた自身の写真をネットで送信するよう義務づけたところもあったという。

 もうひとつは、大統領選の立候補者の絞り込みだ。プーチン政権の腐敗や汚職の実態を暴露し、若者を中心に人気の高い反政権派ブロガー、アレクセイ・ナワリヌイ氏は「横領罪などで有罪判決を受けている」(中央選管)として出馬を認められなかった。

 結局、8人の立候補者で競われた選挙戦は、プーチン氏を除けば、ロシア共産党のパーベル・グルディニン氏が11.77%を得票したのが最高だった。一方、プーチン氏の「恩師の娘」として話題を呼んだテレビ司会者、クセーニヤ・サプチャク氏の得票率は1.68%にとどまった。サプチャク氏は「すべてに反対する人々のための候補者」を標榜したものの、ナワリヌイ支持者たちの不満の受け皿として“政権が裏で擁立した候補”のイメージを拭えなかったようだ。

 プーチン大統領は投票日翌日の3月19日にさっそく、クレムリンに大統領選の他の候補者たちを一堂に集めて会合を開いた。大統領は席上、「重要なことは国家の利益となる建設的な作業のために、我々が将来に向けて力を結集していくことだ」と述べ、政権への協力を呼びかけている。“官製”選挙だったとの疑いは拭えない。

 ちなみに立候補を認められなかったナワリヌイ氏は、「投票のボイコット」を国民に呼びかけたが、これが皮肉にも、投票率とプーチン氏の得票率を高めたとの説がある。国家公務員や国営企業社員などに選挙参加の動員令がかかるなか、あえて選挙に行かなければ「ナワリヌイ支持派」とみなされかねず、多くの有権者がいらぬ不信を招きたくないという理由で投票に参加したというのだ。