1年で2100人増えた長崎市の外国人

 3月上旬の夕方、長崎市内のスーパーで、欧州系の外国人らが惣菜や缶ビールを買っていた。皆、作業着やジャージーを着ており、観光客という雰囲気ではない。尋ねると、「内装の仕事で長崎に来た」「三菱で11時間働いた帰りだ」という返事。インドネシアから来たという技能実習生の一団は「船の溶接の仕事をしている」と、カタコトの日本語で教えてくれた。2014年秋に取材で長崎を訪れた時と比べて、街で見かける外国人の人数は明らかに増えた。

長崎の街で、数多くの外国人を見かけた

 それもそのはず。2015年12月、長崎市に住民登録をしている外国人の数は5500人に達した。1年前と比べて約2100人増えており、「大半が何らかの形で客船建造に携わる労働者だ」と長崎市の担当者は話す。国籍もドイツやイタリア、クロアチア、フィンランド、エストニアなど様々だ。

長崎市の外国人登録数
1年間で2100人増えた(出所:長崎市)

 2001年にダイヤモンド・プリンセスを手掛けた時は、一部の監督者を除いて、造船の現場に外国人はほとんどいなかった。今回、こんなにも増えたのは、人数と技能の両面で「日本の技能者だけではできなかった」(三菱重工の宮永俊一社長)からだ。客船を造ることができる建設業者は震災復興や東京五輪をにらんだ再開発で忙しく、長崎に来ている余裕はない。加えて、内装に欧州製の調度品を多く使うなど、日本の協力企業にはノウハウがない作業もあった。

 世界各地から人をかき集めた結果、長崎は、欧州技能者、三菱重工の社員、日本の協力企業、アジアからの技能実習生が、数千人規模で入り乱れる現場になった。

 そこに、綻びが生じた。