開かれた起業家への道

当時、国境管理は現在ほど厳しくなかった。「振り返れば、本当に運がよかった」と言うセディクィ氏は、バルカンルートをたどり、1カ月半かけてドイツのベルリンに辿り着いた。到着した日のことは今も忘れない。「警察が、僕らを見てウェルカムといってくれた。そんな風に声をかけてくれた人は、それまで誰もいなかった」。
当局に難民の申請書類を提出し、保護施設へと移送されるバスの中で、ようやく自分の将来について考える余裕が出てきた。けれども、その後1カ月間はまるで外に出る気が起きず、ひたすら施設の中でぼんやりとしていたと言う。
12月のことだ。フェイスブックで、ベルリンの起業家が集まるイベントの存在を知った。そこでは、起業家と難民が交流し、難民を支援するためのアプリやサービスを開発する活動が展開されていた。実際に、自分が使っていたスマートフォンのアプリも、シリア難民とベルリンのエンジニアが共同で開発したことを知った。
自分と同じ境遇の難民のために何かをしたい。自然と身体が熱くなるのが分かった。しかし、1つ問題があった。セディクィ氏にはコンピュータの基本的な知識はあったが、ソフトウェアを開発するためのプログラミング言語の知識はなかった。独学で学ぶ手もあるが、パソコンも学習環境もない。
そんな時、ReDIスクールの存在を知った。先に参加したイベントで知り合った仲間が「こんな講座がある」と教えてくれた。3カ月間無料でプログラミング言語のレクチャーをしてくれるという。起業家や投資家がメンター役として参加し、自分のアイデアをどう形にすべきか、具体的な指南を受けられるとも。最低限の情報リテラシーと、英語が話せることという要件は満たしていた。セディクィ氏はすぐに応募した。面接やメールのやり取りを経て、「合格」をもらった。
現在、プログラミング言語「Ruby」を学びながら、教育サービスを提供するアプリの構想を練っている。ドイツで自分自身が受けている教育の素晴らしさに触れ、教育こそが自国に平和を取り戻す手段であると確信したからだ。毎週日曜日に3時間の授業があり、平日も水曜と木曜はメンターからアドバイスを受ける。
3カ月後のプログラムが終わると、自分のアイデアをベルリンの起業家や投資家にプレゼンテーションする場が用意されている。見込みがあると判断されれば、そこからはスタートアップに参加して働くという道もある。
「ウェルカムといってくれたドイツに恩返しがしたい」。そうセディクィ氏は言う。
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