「忘却の河」で、挫折と孤独を見つめる

 でも、せっかくの休みだから重量感のある小説にひたってみるのもいいんじゃいかな、と次に取り出したのが福永武彦の「忘却の河」(新潮文庫)だ。

「はっきり言って、かなり性根を入れないと読了するのは難しいかもしれない。そもそも、こういう筆致の本に慣れていないだろうし」

 そう言ってZさんは、頁を繰って冒頭を声に出して読んだ。

「<私がこれを書くのは私がこの部屋にいるからであり、ここにいて私が何かを発見したからである。その発見したものが何であるか、私の運命であるか、それは私には分からない>…こんな感じだよ」

 Zさんはニヤリと笑った。

「主人公は55歳の小企業の社長、そして寝たきりの妻と二人の娘。そうした人たちの独白から構成されている。あえて無理にまとめるとしたら、挫折と孤独を抱えた人間の葛藤がテーマかな。たしかに重い小説だけど、構成としては、ミステリアスなところもあって、ジワジワと引き込まれるんだ」

 そういう世界には、もうしばらく触れていないな……Xさんはそう感じた。たしかに、長い休みの時でもなければ読まないかもしれない。

「ちなみに、この小説は昭和38年、つまりあの東京オリンピックの前年に連載されていた。復興は進んでいても、まだ戦争の影が残っている。いろいろな意味で時代の流れを感じる作品だ」

爽快なスピード感「フランキー・マシーンの冬」

 『忘却の河』について、Zさんはもう少し語りたそうな雰囲気もあったが、「まあ、この作品は言葉で説明するのが難しい。読んでみて…としか言いようがない」と言って、次の本を出した。

「思いっきり違う世界で、アメリカのアクション・ミステリーはどうだろう」

 ちょっと意外な気もしたが、たしかZさんはミステリー小説にも詳しかったはずだ。差し出されたのは、ドン・ウィンズロウの『フランキー・マシーンの冬』(角川文庫)だった。

「作者のドン・ウィンズロウはメキシコとの麻薬戦争を書いた『犬の力』も有名だけど、この本はまったく違う軽めのアクション・ミステリーだ。サンディエゴで釣り餌店をはじめ複数のビジネスを営むかたわら、元妻と娘、恋人の間を忙しく立ち回る元殺し屋のサーファーが主人公。それが、足を洗ったはずの裏世界の連中から命を狙われて―って話なんだけど、この主人公、なんと62歳なんだよね」

 たしかに、主人公が還暦を超えるようなアクション小説はあまりない。普通の警官やスパイなら定年になっているはずだ。

「この歳の主人公にそれなりの感情移入ができるのって、50歳近くなってからじゃないかな。だから、リストに入れてみたんだ。まあ小説の設定はぶっ飛んでるけど、主人公の日々の世界は決して絵空事じゃないし、共感がわく。展開もスピーディーだし読後感も爽快。ああした生き方は少しだけでも真似してみたいよね」

 手元に並べた本を見ながら、「じゃあ、そろそろ最後かな」と、最後にZさんが取り出したのは意外な一冊だった。