広報の苦労話では笑いを誘うこともあったが、工場閉鎖の修羅場では緊張感が走る。こんなに達者に話す人なのか、とFさんは驚いた。
 やがて、Nさんは「これから」の話をした。実は、再就職の話は決まっていて、数か月後には東京を離れるという。行き先は、閉鎖した工場のある街だった。
 いろいろと苦労して、地元の契約社員の世話などをしているうちに、相当ネットワークが広がっていたのだ。東京から新幹線で1時間半あまりの街だが、その後も地域の人達との関係はつながっていて、役所や金融機関の人が「ぜひ」と声をかけてくれたという。

「貧乏くじ」は「当たりくじ」だった!

 自然の豊かな街に、第二の拠点をおいて新たな生活をする。そんな未来の話をするNさんは、イキイキとしていた。
 「まあ、『貧乏くじだと思ったら当たりくじ』ということがあるのかもしれません」
 挨拶が終わると、盛大な拍手になった。若い社員は嬉しそうに、ベテラン社員は半ば狐につままれたような顔をしている。

 Fさんも、不思議な気分だった。想像していた以上に、Nさんは充実した会社員人生を送った。「幸せ」というのは、嘘ではないのだろう。
 ということは、一見すると成功している会社員が決して「幸せ」とは言えないのかもしれない。
 それから程なく経った頃を見計らって、FさんはNさんのもとを訪ねた。無性に話がしたくなったのだ。新しく仕事をする街で、Nさんは快く迎えてくれた。

 Fさんにとっては精神安定剤のような存在なのだろうか。Nさんと四方山話をしているだけで、気持ちが落ち着いて来るのだ。
 そして、FさんはいままたNさんに会って話がしたいと思っている。
 それというのも、最近になって役員から食事に誘われた時に、意味深長なことを言われたのだ。

 「F君も、来年は心機一転となるかもしれないな」
 Fさんの「次」があるとすれば、役員への昇格か、グループ会社への出向だろう。その時期が近いことはわかっているのだが、「心機一転」とはどういう意味なのか。
 モヤモヤしながら正月を迎える前に、Nさんに会ってみたい。そして、会社生活の「幸せ」についてもう一度考えてみたいと思うのだ。

■今週の棚卸し

 会社員のキャリアは実力だけで決まらないように思える。たしかに、能力があっても運に恵まれない人もいるようだ。一方で、「不運を幸運に変える」ような人もいる。

 組織の中でどのような仕事をするかは、自分で決められないことが殆どだ。「不本意」と思った時に、自ら機会を見つけるか。それとも、くさってしまうのか。

 「幸せな人」とは、現実に眼を背けずに、機会を探っていく人なのかもしれない。

■ちょっとしたお薦め

 多くの人は会社員生活の中で「悔しい異動」を経験しているだろう。中には「左遷」ともいわれるようなケースもあるかもしれないが、その辛さを語る人は少ない。

 あまり論じられなかった、組織の影の部分にスポットを当てたのが楠木新の「左遷論」(中公新書)だ。

 「左遷」が起きる仕組みや背景、そこからどうやってチャンスをつかむのか。自分ではどうしようもない環境変化からの突破口を見つけるヒントにもなるだろう。