帰国して「敗戦処理」係に

 会社にとっては、今までに例のない海外進出だ。すぐに利益が上げられるとは想定していない。しかし、日本国内の景気の悪化で、業績が低迷するとジワジワと焦りが広がってきた。

 利益に貢献しない海外事業が、どことなく「お荷物」と見られるようになってきたのである。

 それでもPさんの担当しているエリアは、もっとも有望と見られていたし、イベントなどがメディアで話題になることもあった。そして、ようやく先行きが見えた頃に、帰国して本社勤務となった。

 本人としては「凱旋帰国」とまではいかないにせよ、十分に胸を張って帰ってきたつもりだった。

 ところが、どうも社内の雰囲気は違う。みな「大変だったね」とは言ってくれるが、現地の話などには関心がなさそうだ。業績がよくないことは、もちろんわかっていた。しかし、本社の同僚たちは想像以上にビクビクしており、自分の心配で精いっぱいという感じだった。

 やがて、大幅な人員削減や店舗の整理などのリストラ策が発表される。海外事業も見直しとなり、先行きは不透明になった。

 Pさんは「グローバル統括室」という部署で、いわば「敗戦処理」のような仕事に追われた。ともに苦労した仲間は、早期退職などで一人二人と会社を去って行く。海外でそれなりの仕事をしてきたのだから、他社からは引く手あまただとも聞いた。

 実際、Pさんのところにも、いろいろなところから声がかかってきた。ただし、条件は魅力的でも、なかなか決断できない日々が続いた。

 そんなある日、Pさんは社外セミナーに参加する機会があった。

 テーマは「グローバル人材と組織」。ただし、各社の事例などを聞いていても、どこか気は重い。Pさんの会社では、いまの撤退戦後の反転の道が見えないのだ。

 やがて、とある大学のZ教授の講演が始まった。老舗のメーカーから、経営学の先生に転じた人だ。話は具体的でわかりやすい。

 やがて、Z教授は「グローバル戦略を掲げながら、結果的に失敗に終わる企業は少なくない。問題の核心は、どこにあるのか?」と声を強めた。

「そもそも、“グローバル人材”という発想自体がちょっと違うんじゃないですか?」

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