スマートフォンは「何か」を盗んでいる?

 新しい道具は、生活を変えるだけではなく、何らかの依存を引き起こす可能性がある。便利なものほど、依存が高まる可能性は高い。
 しかし、「それは本当に必要か?」と自問してみることも大切ではないだろうか。

 「なくては絶対に困る」と思っていたのに、「なければないでどうにかなる」ということもあるはずだ。たとえば、自家用車もそうだろう。都市部に住んでいれば「手放しても困らなかったし、経済的にもよかった」という声を聞くこともある。

 スマートフォンも、ビジネスを含めた生活の上で「必需品」であることは間違いない。ただし「寝る時には持ち込まない」「休日は見ない」など、自分なりの付き合い方を考える時期かもしれない。

 ちなみに、筆者は一時期スマートフォンを持っていたが、1年ほどでやめた。現在は通話に使う携帯電話と、小型のタブレットにしている。

 理由は、あの「掌に収まるサイズ」があまりに便利過ぎてついつい手放せなくなり、そのために「まとまった文章」を読む時間が減ったからだ。
 タブレットだと、小型とはいえポケットには入らないし、必要な時に取り出すことになる。そのため「なんとなく見続ける」時間は減ったし、仕事上にもプラスの方が多い。
 もちろん、スマートフォンを使いこなすことで、公私ともに生活の質を高めている人もいる。道具に「使われる」ことだけは避けたいものだ。

■今週の棚卸し

 便利ではあるが、いろいろな落とし穴があるスマートフォンだが、これからのビジネスにおいて、別の面からも注目される可能性がある。それは、いわゆる「働き方改革」とも関係しているのだ。

 オフィスにいなくても情報共有が可能で、効率化につながるということで、社員に支給する会社も増加しつつある。

 そこでは、改めて社内外におけるコミュニケーションのあり方が問われることになり、ミドルの役割も問われることだろう。

■ちょっとしたお薦め

 デジタル環境が一般的になってから、その変化が人間のコミュニケーションに与える影響についても研究が進んでいる。米国の研究が多いのだが、『一緒にいてもスマホ』(シェリー・タックル/青土社)は、最新の研究に基づいた興味深い分析が行われている。

 筆者は、かつてデジタルを礼賛していたことを省みつつ、広い観点からコミュニケーションについて提言を行っている。「face to face」の価値を改めて問う内容には、一度耳を傾ける価値があるはずだ。