企業にサービスを提供する営業セクションのマネージャーになったのだが、いちいち上司の確認をとるという感覚がない。
 それで、すべてが回っている。カギはスマートフォンだった。情報の共有から、予定の調整、あるいは今後の戦略についてまでネット上でグングン進んでいく。

 Wさんは、伝統的な企業で育ってきた。まず、何よりも「報連相」、つまり上司への「報告・連絡・相談」が大切だという感覚が身についている。
 ところが、新しい職場ではすべてが事後報告のように感じられるのだ。

 そこで、Wさんはスマートフォンにかかり切りになってしまった。そして、部下たちの動きに目を光らせて、確認や報告を求めるようになった。
 もともと「週報」の風土もなかった会社なので、それではと「スマホで週報」を始めたが、他のチームではやっていないために、立ち消えになってしまった。

 それでも、Wさんにとってはスマートフォンが部下との接点のように感じられる。これも、ある意味で「スマホ中毒」の一種なのだろう。

 もともと、個人の裁量を高めてスピーディに仕事を進めるために、スマートフォンを導入したのだから、Wさんのしたことは逆効果だった。そして、部下たちは私用のスマートフォンなどで、勝手に情報共有を始めるようになった。

 知らぬ間にWさんは蚊帳の外だったのである。
 新しい職場にしっくり来ていなかったことは、会社もわかっていたのだろう。ほどなくWさんは経験のある経理部門に移った。こちらは比較的、前職の雰囲気に近く、Wさんも普通に馴染んだという。

スマートフォンが壊れた週末の「発見」

 便利なことも多い一方で、スマートフォンとの付き合い方には難しい面もある。また、スマートフォンによって、知らず知らずのうちに失われていることも多いかもしれない。

 Hさんがそんなことに気づいたのは、愛用していたスマートフォンが故障したことだった。
 もともと動作が不安定だったところに、誤って水をかけたために完全におかしくなってしまったのだ。買い替えることも考えたが、会社の近くの修理店に持ち込んだら思ったより安く修理できることが分かった。
 混み合っていて時間がかかると言われたが、ちょうど金曜日の夕方だったので預けることにした。

 久しぶりに、「スマホのない生活」を味わうことになったのである。
 ところが、いきなり困ったことになった。その夜は、昔の友人たちと食事の予定だったのだが、スマホがないと、場所が分からない。最寄り駅と店名は覚えていたので、交番でたずねてようやくたどり着いた。

 なんだか懐かしい気分になったHさんだが、友人と飲んでいて改めて驚いた。
 (こうやって人と食事しながら、こんなにスマホを見てるのか……)
 ちょっとしたメッセージの確認や、家族の写真を見せたり、話題になったことを検索したり。改めて眺めると、ちょっと異様な光景に感じたという。

 週末の休みに、Hさんはさらに「発見」をした。何かにつけて、ついついスマートフォンを探してしまうのだが、やがてそのことにも慣れると部屋の景色に発見があった。
 壁際の棚には、読んでないままの本が結構あったことに気づいたのだ。久しぶりに、「週末の読書」を楽しんだHさんは、妻に声をかけて外食することにした。

 「なんか、普段と違うことをしてみたくなったんだよ」

 後になって、Hさんはそう述懐している。翌日も、Hさんは本を持って家の近くを散歩して、見つけたカフェに入ってみたりした。昔の会社員の休日は「ごろ寝でテレビ」だったのが、気がついてみると「ごろ寝でスマホ」になっていたのである。

 月曜には、無事スマートフォンを手にしたHさんだが、それ以降は「週末は原則スマートフォンを見ない」ことを習慣にしたそうだ。緊急の連絡があるわけでもないので、1日に何回か見れば、不自由がないことに気づいたという。
 一方で、読書の時間が増えて、新しい場所に出かけることも多くなった。何よりも、月曜の朝にスマートフォンを起動させることで、メリハリがつくようになったのである。