「結局、下のためにできることって……」

 将来への見通しを持ちにくい時代に育ってきた世代は、信じられる羅針盤もなく、1人ひとりが生き残ることに必死になっている。おそらく、描いている未来イメージは、人によってまったく違っているのだろう。

 先々に不透明感が漂う時代に、異なる時代を生きてきた世代同士が理解し合うのは、そう簡単ではない。「若い頃はがむしゃらに働いた」という言葉に対する反応も、かようにさまざまだ。

「オレたちは、今、若い連中のいい手本になれてないということなんだろうな。まぁ、彼らが理想とする働き方もさまざまみたいだから、全員の手本になるなんてそもそも無理なんだが……」

「あと、若い頃に良い目に遭った分、下からは“嫉妬”に似た感情もあるんだろうし」

「良い思いをした挙句、“逃げ切ろう”としているように見えるのかな」

 LさんとRさんの会話は、ポツリポツリと続いた。

「結局、下のためにできることって、社業を成長させるために頑張ることぐらいしかないのかもな。彼らが、『来年も給料はきっと上がる』って明るい将来を描けるように」

「若い頃は、お互い、いろいろと事業提案もやったよな。ただ、最近は、若手の提案に『ああだこうだ』と言うだけだ。仕事をつつがなく進めることに汲々としてる……」

「確かに、そうだな」

「だったら、もう一度チャレンジするしかないだろう。若手を巻き込んで、会社の将来が明るくなるようなプロジェクトをやってみてもいいんじゃないか」

 どちらからともなくそんな話になっていき、その日LさんとRさんが店を出たのは、終電間近の時間帯だった。

 世代の溝を深めていたのは、バブルという特殊な時期を経験した“引け目”もあり、一歩距離を置いて部下と接しながら、会社生活の静かな幕引きを図っていた自分たちだったかもしれない。だったら、もう一度フロンティアに出てみるか。そんな思いで、2人は帰路についた。

■今回の棚卸し

 ミドル世代の多くは、「右肩上がり」の時代をある程度は知っている。一方で、若い世代では、働いた分だけ報われるという感覚が薄い。「働き方」に対する考え方も様々で、場合によっては、ミドルから見た若手はどこか引いているように見える。一方、若手から見たミドルは、いい時期を経験した後に、淡々と日々をこなしながら逃げ切ろうとしているように見えるのかもしれない。

 そうした“断絶”がある中で、ミドルがやるべき仕事は、管理職として社内の制度を整えて、マネジメントを円滑に行うことだけだろうか?自分のためにも若手のためにも、もう一度会社の可能性を求めて、新たなことに取り組む最後のチャンスを迎えているのかもしれない。

 若い世代との対話は、時間の流れの中で頭の片隅に放置してしまった自分の可能性を再発見する、良い機会でもあると思う。

■ちょっとしたお薦め

 昨年の直木賞を受賞した東山彰良の「」は、台湾を舞台にした青春小説だ。主な舞台は70年代の台湾で主人公は17歳だが、全体構成は、一家の流浪と決断の軌跡を回想する形式になっている。ミドル世代にとっても、自然に馴染めるストーリーだ。

 若い人の気持ちを汲み取ることは時に困難だが、こうした小説を読むと、世代を超えた「若気の至り」のような感覚が呼び覚まされることもある。

 文章には独特の癖と疾走感があり、一度その世界に入り込むと最後まで一気に読ませてくれる一冊だ。