「生涯現役?そんなのほどほどにすればいいのに」

 次にCさんが行ったのは、60歳前後の人への取材だった。

 社内でつてを探っていくだけではない。社外の勉強会に出席していくと、いろいろとネットワークができた。

「あの会社の○○さんは毎日を楽しんでるように見えるよ」

 そんな噂を頼りに取材をお願いすると、想像以上に話を聞かせてくれた。会ってくれる人は、みなミドル以降のキャリアと上手に折り合いをつけた人だが、なかなかうまくいかない人の話も聞ける。

 ある人は、学生時代から野球をやっていて、地元の少年野球のサポートをしていた。コーチから審判になり、50歳くらいからはもっぱら「世話役」だという。

「別に、週末に子どもたちの野球見てるだけで、もう十分に楽しいんだよ。あとは、大人の宴会の幹事ね」

 いきいきとしている人たちは総じて、プライベートの時間について楽しそうに語る。ただ、その世界でも、なかなか「緩ませ方」は難しいらしい。いつまでも審判をやりたがるが、段々と視力が衰えて、トラブルの種になるような人もいるという。

「生涯現役?そんなのほどほどにすればいいのに」

 彼は笑って話した。

 また、「猫ボランティア」に取り組んでいるという女性にも会った。「一頭でも多くの猫を救う」という会だけれど、一定の距離感を保って関わるようにしているという。

「まあ、すべての猫を救うなんてできないから」

 寄附など、自分でできることだけはきちんとする。あとは、気の合った「猫仲間」と会っておしゃべりをするだけだが、それで十分だそうだ。

 聞けば彼女は、定年間際まで勤め先で要職に就いていたようだが、会の運営には関わらない。

「もう、妙なことで主導権争いが起きて、会社よりややこしいんですよ」

 色々な人の話を聞いて、Cさんは感じた。プライベートを楽しめる人は、恐らく「自分の緩め方」もうまい。きっと、会社でも、キャリアの終盤を上手に”着地”させたのだろう。

 では、そうでない人は、なぜそうなってしまうのだろうか?会社の外にまで、「会社での自分」を持ち込んでいるからではないのだろうか。