予想外のヒットで一躍「スター」に

 当時普及が進んできたスマートフォン向けの、「アプリ」の開発がRさんの参加したプロジェクトのミッションだった。
 長年企業向けソフトウェアの営業にいたRさんは、管理職ではなかったものの、実質的な責任者として異動した。部下を率いるリームリーダーの役割だ。その当時の社長は、ちょうど「攻め」の時期だと判断したのだろう。「出る杭は伸ばす」と公言して、新たなチャレンジを高く評価していた。

 いくつかのチームが企画を進めたが、長いことB to Bのビジネスに慣れきっていたこともあり、どうも発想が硬い。そんな中で、Rさんはゲームに目をつけた。

 当時は携帯ゲームが全盛だった一方で社会問題にもなっていた。しかし、ゲーム性を活かすことはアプリにとっては大切な要素だ。いろいろ検討した中で、「健康管理」をテーマにして、かつゲーム性を盛り込んだアプリをRさんのチームは開発した。

 数あるスマホアプリの中で、本当にどうなるのか?恐る恐るの「参戦」だったが、これが思わぬヒットになった。単なるゲームではなく、「体にプラス」をテーマにしたことが良かったのだろう。
 収益面の貢献も評価されたが、それ以上にインパクトがあったのは社会的な注目だった。かつては華やかだったこともあるが、最近はちょっと地味なイメージが浸み込んでいた会社だ。

 「あの会社か」と思った人は多く、メディアにもそう感じた記者は多かったようだ。やがて取材も増えて、記事も出るようになった。
 「久々のスマッシュヒット」「ゲーム×健康の慧眼」など、面映ゆくなるような見出しが並ぶ。なかには「苦難からの復活」のような書き方をする記事もあった。
 そうした取材は、Rさんに集中した。現場の責任者だし、あまり若い社員を出すと、勘違いして舞い上がることもある。IT業界で、Rさんは「ちょっと知られた顔」になったのだ。

流れ始めた不穏な噂

 ゲームアプリを発表して、半年ほど経つとさすがに慌ただしさも一段落してきた。そうなると、今度は「次への期待」も高まってくる。Rさんをはじめ、チームメンバーも準備に余念がない。
 ところが、その頃からRさんの周りで妙な空気が漂ってきた。ある日の出勤時、同期のDさんとと久しぶりに会うと、ニヤリとしながら声をかけられた。

 「おお、すっかり稼いでいるんだって」
 アプリの件かと思い、「ああ、おかげで」と答えたがなんか雰囲気が変だ。
 その時はそのままだったが、どうも気になる。Dさんは、ちょっと軽いところはあるけれど、別に裏表のあるタイプでもない。あとから本人に連絡して、さっきの「真意」を直接聞いてみた。
 すると、意外なことが分かった。Rさんの胸騒ぎは、思い過ごしではなかったのである。

 どうやら、Rさんはいろいろとメディアから取材を受けて、結構謝礼をもらっているらしい。そんな噂が広まっていたのだ。
 では、どうしてそうなったのか。どうやら、チームの部下たちと食事に行ってご馳走したことから話に尾ひれがついたらしい。たしかにRさんが払ったことはあるが、高級店で豪遊したわけでもない。ところが、噂は恐ろしい。
 「稼いでいる」と言われたのは、そういうわけだったのだ。

 そもそも、取材と言っても広報部を通しての依頼に対応しているだけだ。いくら取材を受けても、Rさんが謝礼をもらうわけではない。ところが、長年にわたり消費者向け商品の目立つヒットがなかった会社だけに、今回の件は過剰に注目されてしまった。

 その話をしてくれたDさんも、申し訳なさそうになっていたが、しばらくするとその彼から再び連絡があった。
 「やっぱり、どうも妙なことになっているんだよ」
 会って聞いたらたしかに変だ。取材謝礼の話どころではない。
 「アプリがダウンロードされるごとに個人に報酬が入る」
 など、おカネの話以外にも噂が広まっている。
 「次の異動で昇進は堅いだろう」はまだいいとしても「もう、転職が決まっているらしい」という話まで耳にしたそうだ。
 「なんか、妙だよな」
 Dさんは心配そうつぶやく。たしかにそうだ、と思いながらRさんはうなずくこともためらってしまった。