日本に根強い、「職人」へのこだわり

 Rさんのような人は、どのような会社にもいる。エンジニアや研究者だけではない。営業職などでも、プレイヤーであることにこだわり続ける人は多い。

 今は複線型キャリアを用意している会社も多いが、うまく機能しているとは限らない。「本線」から外れポストに就けない人のための「引き込み線」のようになっていることもある。

 一方で、現場にこだわる人が「職人の殻」にこもってしまうことは組織にとって損失だ。今回Dさんが考えた方策は、そうした状況を打破するための1つの方法だろう。

 Rさんに見られるような「職人」的なこだわりは、日本的な心性ではないかとも指摘されている。このことを明解に分析したのが船曳建夫氏の『「日本人論」再考』だ。

 この本では、「日本人論」の中に取り上げられる幾つかの類型を分析することで、私たちが心の中に持つ「日本人らしさ」の正体を探っていく。昔の「サムライ」や明治期の「臣民」など分析は多岐にわたるが「職人」も対象としている点が興味深い。

 それによると、職人というのは単なる「職業」ではなく「生き方」であり、「もの言わず、もの作る」的なありようは、日本人の生き方の一つのモデルであったという。

 イチローの姿も、また職人の典型であり、それが世界で通用している点において、まさにワールドスタンダードモデルに値する一つの生き方と言えよう。それだけに、他のアスリート以上に、その「日本人らしい」生き方が魅力的に感じられるのではないだろうか。

 帽子を脱いだイチローの頭には、少し白いものが目立つようになった。ただ、短く刈り込んだ白髪交じりの髪と、鋭い目つきはまさに日本の伝統的職人の姿と重なるようにも思える。

 こうした、「職人志向」が強いことが日本企業の特徴なのであれば、それを武器に変えていく方策はまだまだあるはずだ。このケースにある後進の育成などは、グローバルな視野で行っていくことも大切だろう。

 また、複数分野のプロによる、新たな分野へのチャレンジなども考えられる。

 なお、その後のRさんは、想像以上に新たなミッションでも成果を上げているという。まず、Rさん自身が若手の言うことをていねいに聞くようになった。夕方になると、困っていそうなメンバーに一声かけてヒントを与える。またRさんは、若手の超過勤務の低減のための施策メモをDさんのところに持ってくるようにもなった。

 元々口数の少ないタイプだが、だからと言ってコミュニケーション能力に難があったわけではない。新しいミッションにより若手と接する機会が増え、新しいやりがいを見出したようにも見える。

(もしかしたら、マネジメントに関心を持ち始めたのかな……?)

 そうなると、Dさんが気になるのはイチローの引退後だ。彼の選択によって、Rさんはどんな影響を受けるのだろうか。

 そして、Rさんの変化を追っているうち、気がつくとDさんもイチローのファンになっていたという。

■今回の棚卸し

 いわゆる「職人肌」の社員にとって、ミドル以降の身の振り方は大変悩ましい。自分はプロだと言い聞かせても、企業内で力を持っているのは通常、マネジメント層の人間たちだ。組織内での居場所探しは、簡単ではない。

 会社は、「いい歳のベテランなのだから、自分の身の振り方は自分で考えてほしい」という姿勢であることが多い。65歳までを見通した今後のキャリアについては、一歩引いた形での自らの“腕”の生かし方から、現在の会社に属したままでいいのか?という点まで含めて、広く考えておく必要があるだろう。

■ちょっとしたお薦め

 本文中でも紹介した『「日本人論」再考』は、普段何気なく感じている「日本らしさ」を、歴史を追って解き明かした傑作だ。グローバル化の中で足下を見直し、かつ自分たちの姿を冷静に捉える上で必読の一冊だろう。

 自分の生き方を考える上で、組織内でのポジションや賃金といった「条件」だけに思考をとらわれないためにも、同書で触れられているような文化的視点を持つことは大切だと思う。

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