イチローは、ただ長くプレーしているだけでない
まず、Dさんはイチローに関する記事などをいろいろと読み直してみた。ネット上だけでも、本当にエピソードが多い。
そして、そのうちあることに気づいた。
もはや大ベテランの域に達したイチローは、出場機会こそ減ったが、若手の見本として存在感を増しているというのだ。
それも、打撃技術を学ぶだけでない。普段からの練習や試合前の入念な準備など、自分の体を大切にする姿勢も大切だ。また道具へのこだわりや手入れなども、手本になるという。
間もなく、人事面談の時期を迎える前に、Dさんは決めた。Rさんには専門職のままでいながら、「後進の育成」をミッションに加えることにしたのだ。
ただ、専門職の職能要件にそうした項目はない。そこで、親会社の人事に打診したところ、あっさりOKとなった。「そうそう。そのケースはこっちだって悩みどころなんだ」というわけで、「首尾を報告してくれ」という。
Dさんは、準備を万端整えてRさんと会った。
これまでの実績や、現業の課題などを話しつつ、「この先なんだけど…」と切り出す。すると穏やかだったRさんが身構えるのが、すぐにわかった。
Dさんは、遠回りしながら若手についての意見などを聞いていく。すると、Rさんは育成についての独自の考え方を持っていることが分かった。
「単に専門的なスキルを磨けばいいというわけではないのです」とRさんは言う。「何より大切なのは、周囲の話をよく聞いて自分が抱えている課題を発見することなんですが、前のめりになってそこを飛ばし、もがいている若手が多い。その先走りを抑えれば、もっとスムーズに成果が上がるはずです」というのがRさんの持論だった。
人事畑にいたDさんにとって、その内容は大変理に適っている上に、その道のプロフェッショナルならではの視点もある。
頃合いを見て、Dさんは言った。
「いまの専門職のままで結構ですが、来期からは育成担当としての職務をお願いしたいと思います。職務の要件付与はこちらで整えますから」
驚くRさんに、Dさんはイチローの話を持ち出した。若手の見本になっているエピソードなどは、もちろんRさんもよく知ってるようだ。
話が一通り済んで、Rさんは言った。
「ありがとうございます。できる限り頑張ります」
紛れもなく「本物のプロ」の顔だ、とDさんは感じた。
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